ヒューバート・チェシャイアの生涯と紋章官としての足跡
イギリスの伝統的な紋章制度を支えた紋章官(Officer of Arms)として、長年にわたり王室の儀礼や系図学に深く関わった人物がヒューバート・チェシャイア(David Hubert Boothby Chesshyre)です。彼は紋章院(College of Arms)において最高位に近い役職を歴任し、英国の歴史的象徴である紋章の維持と管理に人生を捧げました。
主要な事実(Key Facts)
- 最高役職:1997年から2010年まで、イングランド南部・東部・西部を管轄するクラレンス王紋章官(Clarenceux King of Arms)を務めた。
- 王室への貢献:ガーター勲章の秘書官やロイヤル・ヴィクトリア勲章の名誉系図学者として活動。
- 学術的背景:ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジおよびオックスフォード大学クライスト・チャーチで学んだ。
- 専門領域:紋章学、系図学、およびウェストミンスター寺院などの歴史的建造物の紋章デザインへの助言。
- 晩年の論争:過去の児童虐待に関する事実認定を受け、授与されていた勲章の一部を剥奪された。
教育背景と初期のキャリア
1940年6月22日に生まれたチェシャイアは、カンタベリーのキングス・スクールで基礎教育を受けた後、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジへ進学しました。1962年に学士号を取得し、その後1966年には修士号を得ています。

大学卒業後は、一時的にシャンパンメーカーのモエ・エ・シャンドンやジョン・ハーヴェイ&サンズで勤務しましたが、その後オックスフォード大学のクライスト・チャーチにて教育学ディプロマを取得しました。また、短期間ながら名誉砲兵隊(Honourable Artillery Company)にも所属していました。
紋章院での輝かしい経歴
1967年、チェシャイアは教育職ではなく、紋章院の助手としてキャリアをスタートさせました。その後、着実に昇進し、1970年から1978年までルージュ・クロワ追随官(Rouge Croix Pursuivant)、1978年から1995年までチェスター紋章官(Chester Herald)を務めました。

彼のキャリアの頂点は、1995年にノロイおよびアルスター王紋章官(Norroy and Ulster King of Arms)に就任し、さらに1997年からはクラレンス王紋章官という極めて重要な地位に就いたことです。彼は2010年に退任するまで、王室の重要な儀式や貴族の導入儀礼などで中心的な役割を果たしました。
王室勲章と特別な任務
チェシャイアは1988年から2003年までガーター勲章の秘書官を務め、1992年のウィンザー城火災後には、聖ジョージホールの再建における紋章学的なコンサルタントとして起用されました。また、ロイヤル・ヴィクトリア勲章の名誉系図学者としても23年間にわたり貢献しました。

学術活動と芸術への情熱
紋章官としての公務以外にも、彼はウェストミンスター寺院の建築諮問パネルやファブリック委員会に参画しました。特に、ヘンリー7世レディチャペルの西側ウィンドウのデザインにおいて紋章学的な助言を行ったことは特筆すべき功績です。

また、音楽への造詣も深く、バッハ合唱団のメンバーやマドリガル協会の会員として活動し、音楽家ギルド(Worshipful Company of Musicians)のリバリーマンにも就任するなど、文化芸術全般にわたる活動を展開しました。
著書としては、『Heralds of Today』などの紋章官の伝記的リストや、ガーター勲章に関する専門書を共同執筆し、後世に知識を遺しました。
晩年の法的問題と勲章の剥奪
2015年、チェシャイアは1990年代に起こした児童虐待の罪で裁判にかけられました。脳卒中と認知症の影響で「弁論不能」と判断されたため、「事実審(Trial of the facts)」が行われ、陪審員によって虐待の事実が認定されました。法的な有罪判決ではなく「絶対的免除(Absolute discharge)」という形での終結となりましたが、事実上の認定はなされました。
この結果を受け、当初は維持されていたロイヤル・ヴィクトリア勲章のコマンダー(CVO)の称号が、2018年5月15日付で取り消されました。一方で、ロンドン古物研究学会(Society of Antiquaries of London)などの一部の団体では、会員資格の剥奪を求める動きがあったものの、最終的に会員として留まることが認められるという議論を呼びました。
まとめ:ヒューバート・チェシャイアの経歴
| 役職・称号 | 期間 | 管轄・役割 |
|---|---|---|
| ルージュ・クロワ追随官 | 1970年 – 1978年 | 紋章院の初期役職 |
| チェスター紋章官 | 1978年 – 1995年 | 中堅紋章官 |
| ノロイおよびアルスター王紋章官 | 1995年 – 1997年 | イングランド北部および北アイルランド管轄 |
| クラレンス王紋章官 | 1997年 – 2010年 | イングランド南部・東部・西部管轄 |
| ガーター勲章秘書官 | 1988年 – 2003年 | 最高勲章の事務管理 |
チェシャイアは2020年12月24日、80歳でこの世を去りました。





よくある質問(FAQ)
クラレンス王紋章官とはどのような役職ですか?
イングランドの紋章院において、主にイングランドの南部、東部、および西部地域を管轄する最高位の紋章官の一人です。紋章の授与や系図の証明などの重要な権限を持ちます。
「事実審(Trial of the facts)」とは何ですか?
被告人が精神的な疾患や認知症などで、法廷で適切に弁護を行う能力がない(弁論不能)と判断された際に行われる手続きです。刑事罰を科すためではなく、何が実際に起こったのかという「事実」のみを確定させるために行われます。
なぜ勲章が剥奪されたのですか?
事実審において児童虐待の事実が認定されたためです。当初は形式的な有罪判決がないため維持されていましたが、被害者側の訴えや政府の再検討を経て、ロイヤル・ヴィクトリア勲章の称号が取り消されました。
チェシャイアはどのような学術的貢献をしましたか?
紋章官の伝記集の編纂や、ガーター勲章の歴史に関する著作を執筆したほか、ウェストミンスター寺院の歴史的な紋章デザインの復元や助言を通じて、英国の視覚的な伝統の保存に寄与しました。
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