人類が情報を記録し、後世に伝えるために用いた最古の形式の一つが巻物(スクロール)です。パピルスや羊皮紙、あるいは紙を長くつなげ、それを丸めて保管するこの形式は、現代の書籍が普及するまで、世界各地で知識の保存と伝達の主役を担っていました。
巻物の基本構造と書き方
巻物は一般的に、個別のシートを端で接着してつなげたものか、あるいは一枚の長い素材に区切りを設けて構成されています。読む際は、左右に丸めた部分を交互に展開し、一度に一つの「ページ」が表示されるように操作します。
文字はページの上から下へと行を書き進めますが、記述方向は言語によって異なります。左から右へ書くもの、右から左へ書くもの、さらには行ごとに方向を交互に変える「ブストロフェドン(牛の歩き方)」という手法も用いられました。

巻物の多様な形態と地域的特徴
ロール(Rotuli)と行政文書
中世から近世にかけてのヨーロッパや西アジアでは、比較的短い羊皮紙や紙の記録を「ロール(rotuli)」と呼びました。これらは会計帳簿、賃貸記録、法的合意書、目録などの行政的な文書に多用されました。一般的な巻物と異なる点として、文字が巻物の幅方向(展開した部分と平行)に書かれることが多く、幅が最大60cmに達するものもありました。これらの文書は専用の棚を備えた戸棚に保管されるのが一般的でした。

世界各地の特殊な形式
中国では「旋風本(whirlwind book)」と呼ばれる独特な形式が存在しました。これは数枚の紙を上部で竹を用いて綴じ、それを丸めて使用する小型の書籍のような形態です。また、スコットランドでは13世紀から17世紀にかけて、リスト形式の文書や記録を「スクロウ(scrow)」と呼び、それを管理する「スクロウ書記官(Clerk of the Scrow)」という役職まで設けられていました。


素材とインクの課題
巻物の作成には、パピルスや羊皮紙などの素材が使われましたが、繰り返し巻いたり広げたりするため、インクには高い密着性が求められました。専用のインクが開発されたものの、経年劣化によってインクが剥離するという物理的な課題を常に抱えていました。


コーデックスへの移行と書籍の進化
ローマ時代になると、巻物を折り畳んでページ状にするコーデックス(冊子本)という形式が登場しました。伝説では、ユリウス・カエサルがガリア遠征の際に軍への指令書をアコーディオン状に折ったことが始まりとされていますが、歴史的な確証はありません。しかし、2世紀頃にはキリスト教徒の間でコーデックスが広く普及していたことが分かっています。
巻物からコーデックスへ移行した理由は、実用的なメリットが大きかったためです。巻物は文書の両端にある情報を参照する際に操作が煩雑でしたが、コーデックスは目的のページをすぐに開くことができました。また、巻物は片面しか利用できませんでしたが、コーデックスは両面を利用できるため、素材を効率的に使用できました。
その後、折り畳まれたシートは切り離されて「葉(leaves)」となり、片端を綴じて硬い表紙(木製に革を貼ったものなど)で保護する現代の本の形式へと進化しました。「コーデックス」という言葉自体、ラテン語で「木の塊」を意味し、これが英語のlibrary(図書館)の語源であるliberや、ドイツ語のBuch(本)へとつながっています。
4世紀以降、コーデックスが標準的な形式になると、巻物は次第に姿を消しました。多くの巻物はコーデックスに書き写された後、破棄されたため、現存するものの多くは考古学的な発掘調査(埋葬地やゴミ捨て場など)によって発見されたものです。
最新技術による「バーチャル展開」
物理的に展開すると崩壊してしまうほど脆弱な巻物や、火災で炭化した巻物を読むため、現代では「バーチャル展開(Virtual Unfolding)」という非破壊的な手法が用いられています。これは、トモグラフィーによる3D X線スキャンを行い、得られたデータをプログラムで仮想的に展開させる技術です。さらに機械学習を組み合わせることで、文字の解析が進んでいます。
この技術は、イスラエルのエン・ゲディ巻物や、ポンペイの噴火で焼失したヘルクラネウムのパピルス、さらには中国の竹簡やヨルダンの金属製巻物の解読に活用されています。

Key Facts
- 構造: パピルスや羊皮紙を繋げた長いシートを丸めた形式。
- 記述: 上から下へ書き、方向は言語により左右または交互(ブストロフェドン)に変化する。
- 変遷: 古代エジプトなどで始まり、ローマ時代に利便性の高い「コーデックス(冊子本)」に取って代わられた。
- 利点: コーデックスは両面利用が可能で、特定の箇所へのアクセスが容易。
- 現代技術: X線スキャンとAIを用いた「バーチャル展開」により、破損した巻物の非破壊的な解読が可能。
| 特徴 | 巻物 (Scroll) | コーデックス (Codex) |
|---|---|---|
| 形状 | 長いシートを丸めたもの | ページを綴じた冊子状 |
| 書き込み面 | 主に片面のみ | 両面を利用可能 |
| 検索性 | 低(端から順に展開が必要) | 高(任意のページを即座に開ける) |
| 耐久性 | 展開・巻取りによる物理的負荷がある | 平坦に保持されるため負荷が少ない |
| 保管 | 丸めて保管 | 背表紙を出し、棚に立てて保管 |
Frequently Asked Questions
巻物とロール(Rotulus)の違いは何ですか?
一般的に、巻物はより広義の形式を指しますが、歴史学において「ロール(rotuli)」は特に中世・近世ヨーロッパなどの行政文書(会計や法的合意書)を指すことが多いです。また、文字が巻物の幅方向に平行に書かれている点も特徴の一つです。
なぜ巻物から本(コーデックス)に変わったのですか?
主な理由は利便性と効率性です。コーデックスは特定の箇所を素早く見つけることができ、また紙の両面を使えるため、素材の節約になりました。さらに、背表紙にタイトルを記して棚に整理できるため、図書館での管理が格段に容易になりました。
「バーチャル展開」とはどのような仕組みですか?
3D X線スキャンを用いて巻物の内部構造をデジタルデータとして取り出し、それをコンピュータ上で仮想的に「ほどく」技術です。これにより、物理的に触れて破壊するリスクなく、炭化した文書などの内容を読み取ることができます。
巻物にはどのような素材が使われていましたか?
古代エジプトなどで使われたパピルスをはじめ、動物の皮を加工した羊皮紙(パーチメント)やヴェラム、そして後には紙が使用されました。
ブストロフェドンとは何ですか?
文字の書き方向を、一行ごとに右から左、左から右へと交互に切り替える記述方式のことです。これは古代のいくつかの言語で見られた特徴的な書き方です。
References
- Beal, Peter (2008). "scroll". A Dictionary of English Manuscript Terminology 1450–2000 (Online ed.). . Archived from the original on 2 June 2013. Retrieved 21 November 2013.
- Andrews, Evan (20 November 2012). "10 Innovations That Built Ancient Rome". History. Archived from the original on 12 March 2018. Retrieved 11 March 2018.
- Chinnery, Colin; Yi, Li. "Bookbinding". IDP Education. Archived from the original on 10 January 2016. Retrieved 6 January 2007.
- Beal, 2008, "scrow".
- Roberts, C.H.; Skeat, T.C. (1987). The Birth of the Codex. London: The British Academy. p. 19. .
- Roberts, C. H.; Skeat, T. C. (1987). The Birth of the Codex. London: The British Academy. p. 61.
- Murray, Stuart A.P. (2009) The Library: An Illustrated History. Chicago, IL. Skyhorse Publishing. (p.27)
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