1994年に打ち上げられたクレメンタイン(正式名称:深宇宙プログラム科学実験 / DSPSE)は、NASAと弾道ミサイル防衛機構(BMDO)による共同プロジェクトでした。このミッションの核心は、単なる科学調査にとどまらず、過酷な宇宙環境における最新センサーや機体コンポーネントの耐久性を検証する「技術実証」にありました。月と近地球小惑星の双方をターゲットにした野心的な計画であり、後の月探査の方向性を決定づける重要な成果を上げました。

主要な事実(Key Facts)
- ミッション目的: 宇宙空間でのコンポーネント耐久性試験および月・小惑星の科学観測。
- 最大の成果: 月の極域にあるクレーターに、人類の植民や燃料補給拠点に十分な量の水が存在する可能性を示唆。
- 運用期間: 1994年1月25日打ち上げ、1995年5月10日まで断続的に通信。
- 観測対象: 月面全域および近地球小惑星「1620 ゲオグラフォス」(後者は故障により断念)。
- 機体特性: 八角柱形状の機体に、高度な分光カメラやLIDAR(レーザー高度計)を搭載。

機体設計と高度なシステム構成
クレメンタインの機体は、高さ1.88メートル、幅1.14メートルの八角柱構造を採用していました。対向する両側に配置された太陽電池パネルが電力を供給し、一方の端には高利得アンテナ、もう一方には489ニュートンの推進機が装備されていました。センサー類は1つのパネルに集約され、保護カバーで覆われていました。
推進系には、姿勢制御用のモノプロペラント(一液式)ヒドラジン系と、軌道変更などの主要操作に用いるバイプロペラント(二液式)系が使い分けられていました。また、3軸安定化を実現するためにリアクションホイールと2基のスタートラッカー(星追尾装置)を搭載し、極めて精緻な姿勢制御を可能にしていました。
データ処理面では、基本運用を担うMIL-STD-1750Aコンピュータと、画像処理や自律運用を専門とする32ビットRISCプロセッサの2系統構成となっていました。さらに、フランス宇宙庁(CNES)が提供した画像圧縮システムにより、効率的なデータ転送を実現していました。

ミッションの軌跡:月面マッピングから予期せぬ結末まで
1994年1月25日、カリフォルニア州ヴァンデンバーグ空軍基地からタイタンIIロケットで打ち上げられたクレメンタインは、地球を2回フライバイした後、2月21日に月周回軌道へ投入されました。月での観測は、北緯60度から南緯60度までをカバーする極軌道を用いて行われ、約2ヶ月かけて全表面のマルチスペクトル画像と高度データを収集しました。

月探査の完了後、機体は次なる目標である小惑星「1620 ゲオグラフォス」へと向かう予定でした。しかし、地球への転移軌道に入った5月7日、姿勢制御スラスターの不具合により燃料が激しく消費され、機体が毎分80回転という高速スピンに陥りました。これにより小惑星への接近は不可能となり、残された期間はヴァン・アレン帯を通過する地球周回軌道にて、機体コンポーネントの耐放射線試験に充てられました。
最終的に1994年6月に電力低下により通信が途絶しましたが、偶然にも太陽光を受けられる姿勢に固定されていたため、1995年2月から5月にかけて一時的に通信が再開されるという稀な現象が起こりました。

搭載された科学観測装置
クレメンタインは、月の地質や組成を詳細に分析するため、多様な波長帯をカバーするセンサーを搭載していました。
分光カメラ(UV/可視光および近赤外線)
紫外線から可視光、そして近赤外線(NIR)までを捉えるカメラを搭載し、月面の鉱物組成を分析しました。特に近赤外線カメラは、冷却されたInSb CCDを用いて1100nmから2800nmの波長を観測し、月面の岩石学的特性を明らかにしました。

LIDAR(レーザー画像検出および測距)システム
Nd-YAGレーザーを用いて月面までの距離を精密に測定するLIDARを搭載し、地形の起伏(アルチメトリ)をマッピングしました。これにより、巨大盆地の形態や地殻の密度分布の研究が可能となりました。

高解像度カメラ(HIRES)と荷電粒子望遠鏡
HIRESカメラは、特定の領域を詳細に撮影し、地質学的なプロセスを分析するために使用されました。また、荷電粒子望遠鏡(CPT)は、太陽風や地球の磁気圏が月に与える影響を測定し、宇宙放射線が太陽電池などのセンサーに及ぼす影響を監視しました。
ミッション概要まとめ
| 項目 | 詳細内容 |
|---|---|
| 打ち上げ日 | 1994年1月25日 |
| 打ち上げ重量 | 424 kg(乾燥重量 227 kg) |
| 主要搭載機器 | UV/可視光カメラ、近赤外線カメラ、LIDAR、HIRES、荷電粒子望遠鏡 |
| 月周回軌道 | 周期 300分 / 傾斜角 90° |
| 運用主体 | NASA / BMDO |
Frequently Asked Questions
クレメンタインが発見した「水」とはどのようなものですか?
データ分析の結果、月の極域にあるクレーターに水氷が存在する可能性が示されました。これは将来的な有人基地の建設や、宇宙船の燃料補給拠点としての利用を検討する上で極めて重要な発見となりました。
なぜ小惑星ゲオグラフォスの観測は行われなかったのですか?
月探査を終えた後、姿勢制御スラスターの故障が発生し、燃料を使い果たして機体が激しく回転し始めたため、正確な接近と観測が不可能になったためです。
LIDARシステムは具体的に何を測定していましたか?
レーザーパルスを月面に照射し、それが返ってくるまでの時間を計測することで、機体から月面までの距離を測定していました。これにより、月面の詳細な高度マップが作成されました。
このミッションの「技術実証」としての側面とは何ですか?
科学的な観測だけでなく、深宇宙という過酷な環境(放射線や極端な温度変化など)において、搭載された電子部品やセンサーがどれだけ安定して動作し続けるかを確認することが目的の一つでした。
機体は現在どこにありますか?
実際の探査機は宇宙で運用を終了しましたが、そのエンジニアリングモデル(実物大模型)は、ワシントンD.C.のスミソニアン航空宇宙博物館に展示されています。
References
- "Clementine". Retrieved January 8, 2023.
- "Clementine". NASA's Solar System Exploration website. Retrieved November 30, 2022.
- "Beyond Earth: A Chronicle of Deep Space Exploration". September 20, 2018.
- "The Clementine Satellite" (PDF). Lawrence Livermore National Laboratory. Retrieved May 6, 2026.
- Nozette, Stewart; Rustan, Plato P.; Belton, Michael J. S.; Murphy, N.; Regeon, P.; Smith, P.; Shaler, C.; Sullivan, R.; Yingst, A.; Zuber, M.; Chin, G. (1994). "The Clementine Mission to the Moon: Scientific Overview". . 266 (5192): 1835–1839. :10.1126/science.266.5192.1835.
- "Clementine Information". NASA Space Science Data Coordinated Archive. Retrieved May 6, 2026.
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- "Clementine Project Information". nssdc.gsfc.nasa.gov.
- Clementine Bistatic Radar Experiment, NASA
- Ice on the Moon, NASA
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