18世紀末から19世紀にかけて、イギリス文学に革命をもたらした詩人がいました。ウィリアム・ワーズワースは、サミュエル・テイラー・コールリッジと共に、理性を重視した時代から感情や自然への回帰を重視する「ロマン主義」への転換を主導した人物です。彼の作品は、日常的な言葉を用いて人間の内面や自然の崇高さを描き出し、後世の詩作に多大な影響を与えました。
Key Facts
- ロマン主義の先駆者: 1798年の『叙情歌集』出版により、英語圏におけるロマン主義時代を切り拓いた。
- 湖畔詩人の一人: グレーズミアやライダルなどの湖水地方に居住し、その風景を作品に昇華させた。
- 英国桂冠詩人: 1843年から没するまで、英国の公式な詩人である桂冠詩人を務めた。
- 自然への深い洞察: 自然を単なる背景ではなく、精神的な導き手として捉える哲学を展開した。
若き日の探求と文学的覚醒
1770年、カンブリア州のコッカーマスに生まれたワーズワースは、幼少期から自然豊かな環境で育ちました。ケンブリッジ大学セント・ジョンズ・カレッジで学びながらも、彼の関心は常に風景の美しさへと向いていました。学生時代にはヨーロッパを旅し、アルプス山脈の壮大な景色に触れたことが、後の彼の自然観に決定的な影響を与えています。

1787年に雑誌へソネットを寄稿して作家としての第一歩を踏み出した彼は、1793年には初の詩集を出版。その後、知人からの遺産を得たことで、経済的な不安なく詩作に専念できる環境を手に入れました。この時期、彼は唯一の戯曲である『ボーダラーズ』を執筆しましたが、劇場に拒絶された経験が、彼をより内省的な詩の世界へと向かわせることになります。
![Wordsworth in 1798, about the time he began The Prelude.[13]](/images/9d/e7/9de7336e1bf44d1fac1467836c5d4f0151031be5263804c19f1f1bdd299b575c.jpg)
ロマン主義の確立と「湖畔詩人」としての生活
ワーズワースのキャリアにおける最大の転換点は、コールリッジとの出会いです。二人は1798年に共同作品『叙情歌集(Lyrical Ballads)』を世に送り出し、それまでの形式的な詩風を否定して、庶民の言葉による感情の表現を追求しました。これにより、イギリス文学におけるロマン主義の時代が幕を開けました。
その後、彼は妹のドロシーと共に湖水地方のグレーズミアにある「ダヴ・コテージ」に定住します。近隣にロバート・サウジーも住んでいたことから、彼ら三人は「湖畔詩人(Lake Poets)」として知られるようになりました。この地での生活の中で、死や別れ、孤独といった普遍的なテーマを深く掘り下げた作品を数多く残しています。

私生活の葛藤と精神的な成熟
彼の人生は、芸術的な成功だけでなく、個人的な苦悩にも満ちていました。フランス滞在中にアンネット・ヴァロンとの間に娘キャロラインをもうけていたことは、後の人生において責任ある支援という形で彼に付きまといました。1802年には幼馴染のメアリー・ハッチンソンと結婚し、6人の子供に恵まれますが、幼い子供たちの死という深い悲しみを経験しています。
また、親友であったコールリッジとの関係も、後者のアヘン依存症によって一時的に断絶しました。しかし、晩年には和解し、互いに精神的な支えとなりました。1813年からはライダル・マウントに移り、多くの訪問者を迎えながら、静かな生活の中で思索を深めました。

哲学的な深化と晩年の栄誉
ワーズワースは生涯を通じて、壮大な哲学詩『隠遁者(The Recluse)』の構想を抱いていました。その序曲として執筆された自伝的詩作『プレリュード(The Prelude)』は、彼の精神的な成長を克明に描いた傑作として知られています。彼の思想は、単にコールリッジの影響を受けただけでなく、旅人ジョン・スチュアートとの出会いなど、多様な知的刺激によって形成されていました。
1843年、彼はロバート・サウジーの後を継いで英国桂冠詩人に任命されました。しかし、彼は自身の年齢を理由に当初は辞退しようとし、最終的に「公式な詩を書く義務はない」という条件で就任しました。結果として、彼は公式な詩を一本も書かなかった唯一の桂冠詩人となりました。1850年に80歳で没するまで、彼は自然と人間性の調和を追求し続けました。


ウィリアム・ワーズワースの概要まとめ
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 生没年 | 1770年4月7日 - 1850年4月23日 |
| 主な肩書き | ロマン主義詩人、英国桂冠詩人(1843-1850) |
| 代表作 | 『叙情歌集』、『プレリュード』、『湖水地方ガイド』 |
| 重要人物 | S.T.コールリッジ(共作者)、ドロシー(妹)、メアリー(妻) |
| 活動拠点 | イギリス湖水地方(グレーズミア、ライダル) |
Frequently Asked Questions
ロマン主義とは具体的にどのような文学的傾向ですか?
理性的・形式的な古典主義への反動として、個人の感情、想像力、そして自然への畏敬の念を重視する傾向のことです。ワーズワースは、日常的な言葉を用いてありのままの感情を表現することを提唱しました。
「湖畔詩人」とは誰のことを指しますか?
イギリスの湖水地方に住み、その美しい自然を詩の題材にしたウィリアム・ワーズワース、サミュエル・テイラー・コールリッジ、ロバート・サウジーの三人を指します。
『叙情歌集』がなぜそれほど重要視されているのですか?
それまでの詩が特権階級の洗練された言葉で書かれていたのに対し、一般の人々が使う自然な言葉で、素朴な生活や感情を描いたため、詩のあり方を根本から変えた革命的な作品とされているからです。
桂冠詩人でありながら公式な詩を書かなかったのはなぜですか?
就任時に、当時の首相ロバート・ピールから「特別な義務は課さない」という約束を得ていたためです。彼は自身の芸術的誠実さを優先し、政治的な要請による詩作を避けました。
『プレリュード』はどのような内容の作品ですか?
自身の幼少期から青年期にかけての精神的な成長と、詩人としての意識がどのように形成されたかを綴った、大規模な自伝的詩です。生前は未完のまま(あるいは出版を拒んで)でしたが、死後に出版され、高い評価を受けました。
References
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- Everett, Glenn, "William Wordsworth: Biography" at The Victorian Web, accessed 7 January 2007.
- Gill (1989) pp. 208, 299
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![Wordsworth in 1798, about the time he began The Prelude.[13]](/images/9d/e7/9de7336e1bf44d1fac1467836c5d4f0151031be5263804c19f1f1bdd299b575c.jpg)



