米国の民主主義において、選挙区の境界線をどのように引くかは、政治的な権力構造を決定づける極めて重要なプロセスです。人種的ゲリマンダリング(特定の人種グループの投票力を弱めるために意図的に選挙区を区切ること)は、憲法上の権利を侵害する深刻な問題として議論されてきました。本記事では、バージニア州の選挙区再画定を巡る法廷闘争「バージニア州下院対ベスーン=ヒル事件」について、その経緯と最高裁の判断を詳しく解説します。
Key Facts
- 争点:バージニア州の11の選挙区が、人種に基づいた違憲なゲリマンダリングであるか、および州下院に上訴する権利(訴訟適格性)があるか。
- 最高裁の結論:バージニア州下院には本件を上訴するための「訴訟適格性」が認められないと判断。
- 結果:下級審の「11選挙区は違憲」という判決が維持され、選挙区の再画定が確定した。
- 政治的影響:この判決後の2019年選挙で、バージニア州議会で民主党が1995年以来初めて多数派となった。
事件の背景:意図的な人口分離と法的紛争
事の発端は2011年の選挙区再画定に遡ります。当時、バージニア州は1965年投票権法(VRA)の第5条という厳しい規制下にありました。この法律は、少数派の投票権を不当に制限するような区割り変更を禁じていました。しかし、州下院のスティーブン・クリストファー・ジョーンズ議員らによる区割りでは、11の選挙区にアフリカ系アメリカ人の有権者を約55%という高い割合で集中させました。
この手法の目的は、特定の人種グループを少数の選挙区に「封じ込める」ことで、他の多くの選挙区を白人主導の構成にし、共和党の議席を確保することにありました。これに対し、2014年に有権者12名が、この行為は合衆国憲法修正第14条の平等保護条項(すべての人に法の下の平等を保障する原則)に違反しているとして、連邦地裁に提訴しました。

司法の判断:違憲判決への道のり
当初、地裁はこの訴えを棄却しましたが、最高裁判所は2017年に「地裁が適用した法的基準が不適切であった」として、11の選挙区について再審理を命じました。その結果、2018年6月に地裁は、人種が区割り決定の主要な要因となったことを認め、これら11の選挙区を違憲であると断定しました。
州側は、連邦法を遵守するために人種比率を調整したと主張しましたが、裁判所はこの説明を不十分であると退けました。これにより、州議会は2018年10月までに選挙区を再画定することが求められました。しかし、再画定によって議席を失うことを恐れる共和党と、人種的ゲリマンダリングの解消を求める民主党との間で激しい対立が生じました。
最高裁の焦点:誰に「訴える権利」があるのか
この対立の中、バージニア州下院は単独で最高裁に上訴しました。ここで最大の争点となったのが、訴訟適格性(Standing)です。訴訟適格性とは、裁判所に訴えを起こすために必要な「具体的な損害を被っている」という法的資格のことです。
州の司法権を代表するのは通常、州司法長官ですが、当時のマーク・R・ヘリング司法長官は本件の上訴を拒否していました。そのため、州下院は州の代表としてではなく、独自の権利として上訴を試みたのです。
最高裁判所の判断
2019年6月17日、最高裁は5対4の多数意見で、バージニア州下院には上訴する資格がないと結論づけました。判決の要点は以下の通りです。
- 州の民事訴訟における代表権は、排他的に州司法長官にある。
- 司法長官が上訴を望まない以上、州下院が州を代表して訴えることはできない。
- 州下院自身が被った「具体的な損害」は証明されておらず、州法が違憲とされたことだけでは訴訟適格性は認められない。
これに対し、アリト判事らは反対意見を述べ、新しい区割り案が議員の選出結果に影響を与える以上、州下院には実質的な損害があるとして、上訴を認めるべきだと主張しました。
選挙区再画定がもたらす影響
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 判決日 | 2019年6月17日 |
| 主要な争点 | 人種的ゲリマンダリングの違憲性と州下院の訴訟適格性 |
| 判決結果 | 州下院の上訴を棄却(訴訟適格性なし) |
| 適用法 | 合衆国憲法修正第14条、1965年投票権法 |
| 政治的帰結 | 2019年選挙での民主党多数派への交代 |
選挙区の再画定(リディストリクティング)は、単なる境界線の変更ではなく、政治的な競争力に直結します。専門家によれば、現職議員が自身の議席を守るために区割りを操作すると、競争が失われ、有権者の意見が政治に反映されにくくなるリスクがあります。一方で、党派的な再画定が結果的に現職の安全性を脅かし、競争を促進する場合もあると指摘されています。
Frequently Asked Questions
人種的ゲリマンダリングとは具体的に何を指しますか?
特定の人種や民族のグループを意図的に一つの選挙区に集中させたり(パッキング)、逆に複数の選挙区に分散させたり(クラッキング)することで、そのグループの投票力を弱め、政治的な影響力を排除する操作のことを指します。
なぜ州下院は「訴訟適格性がない」と判断されたのですか?
米国法では、裁判を起こすには「具体的かつ個別的な損害」を受けている必要があります。最高裁は、州の代表権は司法長官にあるとしており、司法長官が拒否した中で州下院が単独で訴える法的根拠(損害)が不十分であると判断しました。
1965年投票権法(VRA)の役割は何でしたか?
VRAは、人種や肌の色を理由に投票権を制限することを禁じています。本件では、特に第5条が選挙区の変更が少数派の権利を侵害しないか監視する役割を担っていましたが、州側はこの法律への準拠を区割りの正当化に利用しようとしました。
この判決が実際の政治にどのような影響を与えましたか?
最高裁が州下院の上訴を退けたことで、人種的ゲリマンダリングを解消するための選挙区再画定が確定しました。その結果、2019年の選挙では競争環境が変わり、バージニア州議会で民主党が24年ぶりに多数派を奪還するという劇的な政治変動が起きました。
修正第14条の「平等保護条項」とは何ですか?
合衆国憲法修正第14条に含まれる条項で、州が管轄する範囲において、いかなる人物に対しても法の平等な保護を拒否してはならないと定めています。選挙区の不当な区割りは、この「平等な扱い」に反するとみなされます。
References
- Virginia House of Delegates v. Bethune-Hill, No. 18-281, ___, 139 S. Ct. 1945, 1951 (2019).
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