日本の宇宙開発における大きな転換点となったのが、JAXA(宇宙航空研究開発機構)による小型月商陸機SLIMのミッションです。「ムーンスナイパー」という愛称で知られるこの機体は、従来の着陸精度を大幅に塗り替える、極めて精緻な着陸を目指して設計されました。
2023年9月7日(日本時間)、SLIMはX線分光撮像衛星(XRISM)と共に打ち上げられました。その後、弱安定境界(WSB)に似た特殊な軌道を用いて月へと向かい、12月25日に月周回軌道への進入に成功しました。
Key Facts
- 世界5番目の快挙: ソ連、米国、中国、インドに続き、世界で5番目に月面へのソフトランディングに成功した国家となりました。
- 驚異的な精度: 目標地点から100メートル以内という極めて狭い範囲への「ピンポイント着陸」を実証しました。
- 想定外の姿勢: 着陸時に機体が傾き、太陽電池パネルが太陽と反対方向を向いたため、当初は電力不足に陥りました。
- 驚異の生存力: 本来は1回の月昼(約14日)のみの動作想定でしたが、マイナス120度にも達する過酷な月夜を何度も乗り越えました。
ピンポイント着陸の実現と予期せぬトラブル
2024年1月19日、SLIMは月面の「静かの海」付近にあるシオリクレーターのそばに着陸しました。このミッションの最大の目的は、着陸誤差を100メートル以内に抑えることであり、結果としてこの目標を達成し、技術的な成功を収めました。

しかし、着陸の瞬間、機体は想定とは異なる姿勢となり、いわば「機首から突っ込んだ」状態で横倒しになりました。これにより、太陽光発電に必要なパネルが西向きとなり、十分な電力を得られない状況に陥りました。バッテリーの過放電を防ぐため、着陸から短時間後に一度手動で電源がオフにされました。
小型ロボットによる状況把握
SLIMが着陸直前に放出した2機の小型ローバー、LEV-1とSora-Qは、計画通りに作動しました。特にSora-Qが自律的に撮影した画像により、SLIMが90度の角度で着陸していたことや、降下中にエンジンノズルを喪失し、地球向けアンテナに損傷を受けた可能性があることが判明しました。LEV-1は107分間で7回の跳躍を行い、独立して地上局と通信を行いました。
月面での「目覚め」と生存の記録
電源が切れた後も、太陽の位置が変わればパネルに光が当たり、再起動できる可能性が残されていました。実際に1月28日、照明条件の変化によって発電が再開し、SLIMは再び地球との通信を確立しました。しかし、月面の夜間は極低温となるため、耐寒設計されていない電子機器を守るため、再びスリープモードに入りました。
驚くべきは、その後SLIMが見せた粘り強さです。放射性同位体ヒーターユニット(RHU)を搭載せずとも、2月25日、3月27日、そして4月23日と、計3回の月夜を越えて再起動に成功しました。回を追うごとに一部のセンサーやバッテリーセルに不具合が現れたものの、主要機能は維持されていました。
しかし、5月24日からの5回目の月昼においては、再起動のコマンドを送ったものの応答はありませんでした。その後も通信回復を試みましたが、最終的に8月26日をもってミッションの終了が正式に発表されました。
SLIM運用タイムラインまとめ
| 月昼の回数 | 開始日(JST) | 終了日(JST) | 結果・状況 |
|---|---|---|---|
| 第1回 | 1月20日 | 1月20日 | 着陸直後の動作 |
| 第1回(再開) | 1月28日 | 1月31日 | 太陽光発電による復帰 |
| 第2回 | 2月25日 | 3月1日 | 月夜を越えて生存 |
| 第3回 | 3月27日 | 3月30日 | 継続して生存、画像送信 |
| 第4回 | 4月23日 | 4月29日 | 3度目の月夜を生存 |
| 第5回 | 5月24日 | 5月28日 | 応答なし |
| 第6回 | 6月21日 | 6月27日 | 応答なし(ミッション終了) |
Frequently Asked Questions
SLIMの最大の成果は何でしたか?
最大の成果は、目標地点から100メートル以内という極めて高い精度で着陸させる「ピンポイント着陸」の技術を実証したことです。
なぜ着陸後にすぐに電源を切る必要があったのですか?
機体が横倒しになったため、太陽電池パネルが太陽と反対方向を向き、十分な電力を生成できなかったからです。バッテリーが完全に空になる(過放電)のを防ぐため、一時的に電源をオフにしました。
月夜を生き残ることは想定されていたのでしょうか?
いいえ。SLIMの電子機器は、月夜のマイナス120度という極低温に耐える設計ではなく、基本的には1回の月昼(約14日間)の運用のみを想定していました。
LEV-1とSora-Qの役割は何でしたか?
これらは小型の月面探査ロボットです。特にSora-Qは、着陸したSLIMの姿勢を外部から撮影し、ミッションの状況を把握させる重要な役割を果たしました。
最終的にミッションは失敗だったのでしょうか?
いいえ、成功です。機体の姿勢不良などのトラブルはありましたが、主目的である高精度着陸を達成し、さらに想定外の生存記録を打ち立てたことで、貴重なデータを地球に届けました。