通常、液体は凝固点(氷点)に達すると固体へと変化します。しかし、特定の条件下では、凝固点を下回っても液体の状態を維持し続けることがあります。この物理現象を過冷却(supercooling)と呼びます。1724年にダニエル・ガブリエル・ファーレンハイトによって初めて記述されたこの現象は、自然界から最先端の医療技術まで、幅広く関わっています。
過冷却が起こる主な理由は、結晶構造を形成するための「核」となる種結晶や不純物が不足しているためです。純度の高い水であれば、特別な装置を使わなくても化学的な脱塩処理を行うことで、理論上は−48.3 °Cまで液体のまま温度を下げることが可能です。

Key Facts
- 定義:物質を凝固させずに、通常の凝固点以下まで冷却すること。
- 発生条件:結晶化の起点となる核(種結晶)が存在しない場合に起こりやすい。
- 水の限界:純水は標準圧下で約−48.3 °Cまで過冷却状態を維持できる。
- ガラス化:急速に冷却(約10 K/s)すると、結晶にならずにアモルファス(非晶質)固体となる。
- 自然界の例:雲の中の水滴や、極寒地に住む一部の動物・植物に見られる。
過冷却のメカニズムと物理的特性
液体が凝固点を超えても凍らないのは、結晶が成長し始めるための「核形成」が起こっていないためです。核が存在しない場合、液体は均質核形成が起こる温度まで液相を維持します。もしこの温度に達する前に、ガラス転移温度(水の推定値は約−137 °C)を下回った場合、物質は結晶構造を持たないアモルファス固体、いわゆる「ガラス」になります。
一度過冷却状態になった液体は非常に不安定です。物理的な衝撃や振動が加わると、それをきっかけに急激な結晶化が始まります。

凝固点降下との違い
過冷却はしばしば「凝固点降下」と混同されますが、これらは全く異なる現象です。過冷却は純粋な液体が凝固点以下でも液体のままでいる状態を指しますが、凝固点降下は塩分などの溶質が混ざることで、液体自体の凝固点が物理的に低下することを指します。
自然界における過冷却の生存戦略
動物による適応
極寒の環境に生きる一部の動物は、細胞の凍結による損傷を防ぐために過冷却を利用しています。例えば、冬のカレイなどの魚類は、氷の結晶成長を抑制する不凍タンパク質(AFP)を血液中に分泌しています。また、体液中の溶質濃度を高めて凝固点を下げる戦略をとる種もいます。これらの動物は、外部から氷の核が体内に入ると即座に凍結してしまうため、氷に触れない深い水中に生息するなどの工夫をしています。
植物の耐寒メカニズム
北方の植物の中には、−40 °Cという極低温下でも過冷却状態で生き延びる種が存在します。リグニンやクチクラなどの細胞障壁が氷の核となる物質を遮断し、細胞内の水分を液体のまま保持します。赤外線サーモグラフィを用いた研究では、細胞外空間で結晶化が起こっても、細胞内部の水分を過冷却状態に保つことで生存している様子が確認されています。
産業および医療への応用
過冷却の特性は、私たちの生活や科学技術に実用的に応用されています。
- 食品・飲料:飲料を過冷却状態で保存し、開封時の衝撃で一気にシャーベット状にする製品や自動販売機が存在します。
- 臓器保存:マサチューセッツ総合病院などの研究では、特殊な溶液を用いて肝臓を−6 °Cで過冷却保存し、従来の保存期間を4倍に延ばすことに成功しました。
- 精密電子機器:アイオワ州立大学の研究チームは、過冷却液体金属を用いて、熱を加えない「無熱はんだ付け」や回路プリント技術を提案しています。
- 薬剤投与:特定の環境変化で液体から結晶へと相転移させ、タイミングを合わせて薬剤を放出させるカプセル技術の研究が進んでいます。
- 食品保存:パルス電界と振動磁界を組み合わせることで、鶏肉や魚、牛肉を−6.5 °C付近で凍結させずに保存し、冷凍焼けを防ぎ品質を維持する技術が実証されています。
構成的過冷却(Constitutional Supercooling)
金属などの合金が凝固する際、成分の不均一さによって凝固点の手前で液体が過冷却状態になることがあります。これを構成的過冷却と呼びます。これは相図における液相線温度の勾配と、実際に加えられた温度勾配の差によって発生します。

この現象が起こると、凝固界面が不安定になり、結晶の成長形態に影響を与えます。安定した平面界面を維持するためには、界面の移動速度を十分に低く抑える必要があります。
| 状態 | 特徴 | 主な要因 |
|---|---|---|
| 過冷却液体 | 凝固点以下だが液体のまま | 核形成サイトの欠如 |
| アモルファス固体 | 結晶構造を持たない固体(ガラス) | 極めて急速な冷却 |
| 凝固点降下 | 凝固点そのものが低下した液体 | 溶質(塩分など)の混入 |
Frequently Asked Questions
なぜ過冷却の水は急に凍るのですか?
過冷却状態は熱力学的に不安定なため、わずかな振動や衝撃、あるいは小さな氷の結晶(核)が加わることで、連鎖的に結晶化が進行し、一瞬で凍結するためです。
飛行機にとって過冷却の水滴はなぜ危険なのですか?
雲の中に存在する過冷却の水滴が、飛行機の機体に接触した瞬間に凍結し、翼に氷が付着(着氷)することで、揚力の低下や計器の故障を招く恐れがあるためです。
海水が凍らないのは過冷却のおかげですか?
いいえ、それは主に「凝固点降下」によるものです。塩分が含まれているため、純水よりも低い温度にならないと凍りません。ただし、南極などの極地では、核となる物質が少ないために擬似的な過冷却状態にある海水が観測されることがあります。
過冷却を利用した臓器保存のメリットは何ですか?
完全に凍結させると細胞内に氷の結晶ができ、組織が破壊されます。過冷却状態で保存することで、組織を破壊せずに低温維持でき、保存期間を大幅に延ばすことが可能になります。
水が「ガラス」になるにはどうすればいいですか?
1秒間に約10ケルビンという非常に速い速度で冷却することで、水分子が結晶構造を組む時間をなくし、非晶質(アモルファス)なガラス状態にすることができます。
References
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