地球上の水循環において、地表から大気へと水分が戻るプロセスは極めて重要です。その中心的な概念となるのが潜在蒸発散量(Potential Evapotranspiration: PET)です。これは、土壌や植物に十分な水分が供給されていると仮定した場合に、蒸発(土壌や水面から)と蒸散(植物の気孔から)によって失われる水の最大量を指します。
簡単に言えば、PETは「大気がどれだけ水分を欲しているか」という蒸発要求量を示す指標です。実際には、利用可能な水分量や植物の状態によって、実際に失われる量(実際蒸発散量: AET)はPETよりも少なくなりますが、PETを知ることでその地域の環境的な水分ストレスを把握することが可能になります。
Key Facts
- 定義: 水分が十分にある条件下で、蒸発と蒸散によって失われる理論上の最大水量。
- 決定要因: 日射量(エネルギー)、気温、風速、および大気の湿度に依存する。
- 参照蒸発散量 (ET0): 標準的な地表(主に短草地)で計算された基準値。
- 乾燥の指標: 年間の潜在蒸発散量が年間降水量(P)を上回る地域は「乾燥地」と定義される。
- 気候変動の影響: 地球温暖化に伴い大気の保水能が高まり、PETが増加して乾燥化が進む傾向にある。
PETを左右する環境要因
潜在蒸発散量は、主にエネルギー供給と水蒸気の輸送効率によって決まります。太陽からの日射が強い夏場や、雲が少なく日照時間が長い日、そして赤道に近い地域ほど、蒸発に必要な熱エネルギーが豊富に得られるため、PETの値は高くなります。
また、風の役割も重要です。地表付近に水蒸気が溜まると蒸発速度は低下しますが、風が吹くことで水蒸気が速やかに運ばれ、常に新しい乾燥した空気が供給されるため、蒸発が促進されます。
これらの要因は地域によって大きく異なります。例えば、ハワイのヒロとパハラのように、同じ州内であっても地形や気候条件によって月ごとの潜在蒸発散量と実測される蒸発量には顕著な差が現れます。

測定方法と計算モデル
PETは直接的に測定することが難しいため、通常は気象データを用いた間接的な計算によって推定されます。多くの場合は、標準的な地表(一般的に短い芝生)を想定した参照蒸発散量(ET0)を算出し、そこに特定の作物や土壌に応じた「作物係数」を掛け合わせることで、実際の潜在蒸発散量を導き出します。
代表的な推定式
歴史的に、さまざまな計算モデルが開発されてきました。代表的なものは以下の通りです。
- ソーンスウェイト式 (1948): 月平均気温、日照時間、日長などを用いて算出する簡便なモデル。
- ペンマン式 (1948): 開放水面からの蒸発を記述し、気温、風速、気圧、日射量を必要とする。
- FAO 56 ペンマン・モンティース式 (1998): 植生エリアの蒸発散量をより精密に推定するモデルで、現在最も正確な手法の一つとされる。
- プリーストリー・テイラー式: 日射量のみを用いて計算する手法。水が豊富な環境での蒸発散を想定しており、経験的な係数(α)を用いて調整される。
農業および気候学への応用
PETの概念は、特に農業における灌漑計画に不可欠です。「潜在蒸発散量」から「実際の降水量」を差し引くことで、作物が不足している水分量を算出し、効率的な水管理を行うことができます。
また、気候学では、年間降水量(P)と年間潜在蒸発散量(PET)の比率である乾燥指数(P/PET)を用いて、その地域の乾燥度を評価します。例えば、亜寒帯地域(北緯50度〜70度)では、気温が低いため降水量・蒸発散量ともに低く、針葉樹林(タイガ)が発達する特徴があります。
| 指標名 | 定義・意味 | 主な用途 |
|---|---|---|
| 参照蒸発散量 (ET0) | 標準的な短草地における蒸発散量 | 異なる作物への換算基準 |
| 実際蒸発散量 (AET) | 実際に地表から失われた水分量 | 実際の水収支の把握 |
| 乾燥指数 (P/PET) | 降水量と潜在蒸発散量の比率 | 地域の乾燥度の分類 |
| 作物係数 | 参照蒸発散量に対する特定作物の比率 | 精密な灌漑量の決定 |
地球温暖化とPETの相関
気候変動はPETに直接的な影響を与えます。クラウジウス・クラペイロンの関係に基づき、気温が上昇すると大気が保持できる水蒸気量が増加します。これにより、大気の水分要求量(蒸発要求量)が高まり、結果としてPETが増大します。
この現象は、土壌や植物からの水分奪取を加速させます。相対湿度の条件によっては、地表の乾燥が激しくなり、乾燥地域における森林火災の頻度や激しさを増大させる要因となることが懸念されています。
Frequently Asked Questions
潜在蒸発散量(PET)と実際蒸発散量(AET)の違いは何ですか?
PETは「水分が十分にある場合に失われる最大量(需要側)」であり、AETは「実際に失われた量(供給結果)」です。水分が不足している場合、AETはPETよりも低くなります。
なぜ参照蒸発散量(ET0)という基準が必要なのですか?
地表の条件(植物の種類や土壌)によって蒸発量は異なるため、まずは標準的な条件(短草地など)で値を出し、それを基準に各環境へ調整するためです。
風が強いとPETが高くなるのはなぜですか?
蒸発した水蒸気が風によって速やかに運ばれるため、地表付近に水蒸気が停滞せず、常に蒸発しやすい環境が維持されるからです。
温暖化が進むと、なぜ乾燥が進むと考えられているのですか?
気温が上がると大気がより多くの水分を蓄えられるようになり、地表から水分を吸い上げようとする力(PET)が強まるため、土壌や植物が乾燥しやすくなります。
農業においてPETはどう活用されていますか?
作物が本来必要とする水分量(PET)と、自然に降る雨の量を比較することで、不足分を補うための最適な灌漑スケジュールを立てるために利用されています。