アメリカ南西部の乾燥したモハベ砂漠、その中心を流れるコロラド川のほとりに、モハベ族(Mojave)と呼ばれる先住民族が暮らしてきました。彼らは自らを「アハ・マカヴ(Aha Makhav)」と呼び、豊かな川の恵みを活かした独自の農耕文化と、深い精神世界を築き上げてきました。現在はアリゾナ州、カリフォルニア州、ネバダ州にまたがる連邦認定の保留地で、その伝統を次世代へと繋いでいます。
彼らのアイデンティティは、単なる地理的な居住地だけでなく、複雑なクラン(氏族)制度や、川と共に生きる知恵、そして過酷な歴史を乗り越えてきた強靭な精神性に根ざしています。

Key Facts
- 居住地域:アメリカ合衆国(主にアリゾナ州のコロラド川流域)
- 言語:ユマン語族のモハベ語(および英語)
- 主要な信仰:創造神マタヴィリャと、文化の伝承者マスタムホを崇める伝統宗教
- 伝統的生業:コロラド川の氾濫原を利用したトウモロコシや豆類の農耕、および漁業
- 現在の組織:フォート・モハベ・インディアン部族およびコロラド川インディアン部族(CRIT)
精神世界と伝統的な信仰
モハベ族の宇宙観の中心には、創造神マタヴィリャが存在します。彼は人々にクラン(氏族)を与えたとされています。一方、その弟であるマスタムホは、コロラド川をもたらし、人々に農耕の技術を教えた文化英雄として敬われています。
彼らの宗教儀礼において特筆すべきは、植物のダチュラを用いた儀式です。この幻覚作用を持つ植物を摂取することで、意識状態を変化させ、成人への通過儀礼として精神的な成長を促す伝統がありました。

自然と共生した食文化
モハベ族は、野生の川の氾濫原という環境を最大限に活用した農耕民でした。トウモロコシ、メロン、豆、カボチャなどを栽培し、野生の草の種も採取していました。また、砂漠に自生するサボテンの果実やメスキート(セイヨウニセアカシア)も重要な食料源でした。
特にメスキートの鞘は、叩いて潰してパルプを取り出し、乾燥させて粉にすることでケーキのような主食に加工されました。また、温水に浸して甘い飲み物として楽しむこともありました。狩猟による肉の摂取は少なく、主に川で獲れる魚が重要なタンパク源となり、魚とトウモロコシのシチューが好んで食されていました。

激動の歴史と外部との接触
モハベ族の歴史は、文字を持たなかったため主に口承で伝えられてきました。1604年にスペインの遠征隊が銀を求めて彼らの土地に足を踏み入れたのが、ヨーロッパ圏との最初期の接触とされています。その後、19世紀に入ると毛皮商やアメリカ軍の進出により、緊張状態が高まりました。
1859年、ウィリアム・ホフマン中佐率いる米軍が軍事拠点を設けるために進出しました。この際、モハベ族は「服従か絶滅か」という過酷な選択を迫られ、結果として服従を選ばざるを得ませんでした。その後、1865年と1870年にそれぞれ保留地が設定されましたが、多くの人々は先祖代々の土地に留まり続けました。

同化政策による文化の断絶
19世紀末から20世紀にかけて、米国政府は強力な同化政策を推進しました。多くの子供たちが寄宿学校へ強制的に送られ、そこで英語の使用を義務付けられ、伝統的な言語や習慣の使用は厳しく禁じられました。髪を切らされ、欧米風の服装や生活習慣を強要される中で、身体的な罰(鞭打ちなど)が科されることもありました。
この政策は、伝統的なクラン制度や口承による物語、歌の伝承に深刻な打撃を与えましたが、それでも1960年代後半の調査では、22あった伝統的なクランのうち18が生き残っていたことが分かっています。


現代の状況と文化継承
現在、モハベ族は他の部族(チェメフエヴィ族、ホピ族、ナバホ族の一部)と共に、コロラド川インディアン保留地という一つの政治的単位として活動しています。一方で、それぞれの部族が持つ独自の宗教や文化的アイデンティティは大切に守られています。
言語の喪失という危機に直面していますが、部族による教材の出版や子供たちへの言語教育など、モハベ語を復活させようとする取り組みが精力的に行われています。また、毎年10月には「ネイティブ・アメリカン・デイズ・フェア&エキスポ」が開催され、伝統的な歌や踊りが披露されています。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 言語系統 | ユマン語族(リバー・ユマン分派) |
| 主要神 | マタヴィリャ(創造神)、マスタムホ(文化英雄) |
| 伝統食 | トウモロコシ、メスキート粉、魚のシチュー |
| 歴史的転換点 | 1859年の米軍進出、1890年以降の寄宿学校による同化政策 |
| 現在の拠点 | アリゾナ州パーカー(CRIT本部)など |
Frequently Asked Questions
モハベ族の名前の由来は何ですか?
かつては「3つの山」を意味するという説がありましたが、これは誤訳であるとされています。彼らが聖地とする山々は「フーキヤンプヴェ(Huukyámpve)」と呼ばれ、「戦いが起きた場所」という意味を持っており、神の子マスタムホが海蛇を退治した伝説に基づいています。
伝統的な食事で最も特徴的なものは何ですか?
メスキートの鞘を粉にして作ったケーキや、コロラド川の魚とトウモロコシを合わせたシチューが代表的です。狩猟よりも農耕と漁業に依存した食生活を送っていました。
同化政策はどのような影響を与えましたか?
寄宿学校への強制収容により、母国語の使用や伝統的な習慣が禁止されました。これにより、世代間の文化伝承が一時的に断絶し、社会組織や政府の形態に大きな影響が出ました。
現在、モハベ語は話されていますか?
話者は非常に少なくなっています(1994年時点で約74名)。しかし、部族による言語教材の作成や教育プログラムを通じて、言語の復興に向けた努力が続けられています。
モハベ族は現在どこに住んでいますか?
主にアリゾナ州のコロラド川インディアン保留地や、フォート・モハベ・インディアン保留地に居住しており、連邦政府に認定された部族として自治を行っています。
References
- "Mohave." Ethnologue. Retrieved April 11, 2012.
- Pritzker 47
- "Mojave". California Language Archive. Retrieved August 24, 2025.
- "Mojave Tribe". National Park Service. Retrieved August 24, 2025.
- "Sacred Datura". June 21, 2017.
- "California Indians". factcards.califa.org.
- "Project MUSE -- Verification required!".
- Munro, Pamela; Brown, Nellie; Crawford, Judith G. (1992). A Mojave Dictionary. p. 80.
- Kroeber, A. L. 1925. Handbook of the Indians of California. Bulletin No. 78. Washington, D.C.
- Sherer 1965
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