19世紀後半のアリゾナ州トゥームストーン周辺では、銀鉱山による急激な人口増加(シルバーラッシュ)に伴い、法執行官と地元のカウボーイたちの間で激しい緊張状態が続いていました。その中心にいた人物たちが、トムとフランクのマクローリー兄弟です。彼らの歩みは、単なる牧畜業にとどまらず、当時の西部における権力争いと犯罪の渦中にありました。
主要な事実(Key Facts)
- 活動拠点:サンペドロ川流域のソルジャーズ・ホールから、後にサルファースプリングス渓谷へ移住。
- 対立関係:連邦保安官代理のヴァージル・アープやワイアット・アープら法執行機関と激しく対立。
- 疑惑:メキシコ・ソノラ州からの家畜窃盗や、米軍のラバの盗難への関与が疑われていた。
- 事件:「カーリー・ビル」ブロシアスによる保安官射殺事件に立ち会っていた。
アリゾナへの移住と初期の活動
1879年までに、マクローリー兄弟は家畜ビジネスで一定の成功を収めていました。彼らはサンペドロ川の支流であるバボコマリ川沿いのソルジャーズ・ホールに家を建て、土地を確保しました(ただし、土地の所有権はフランク・パターソンにあったという説もあります)。
彼らは地元の治安維持にも関わり、フランクは地元治安官のメルビン・ジョーンズを助けて、政府の馬具を盗んだ兵士たちの逮捕に協力しました。この際、兵士たちから賄賂を提示されましたが、マクローリーとジョーンズはこれを拒否し、法に基づいた逮捕を遂行しました。
その後、彼らは「カーリー・ビル」ことブロシアスと親交を持つようになります。1880年10月27日、ブロシアスが誤ってトゥームストーンの保安官フレッド・ホワイトを射殺した際、兄弟も同行していました。彼らは一時的に拘束されましたが、被害者のホワイトが死の間際に「事故であった」と証言したため、ブロシアスは釈放されました。
家畜窃盗疑惑とアープ家との確執
マクローリー兄弟は、メキシコのソノラ州から家畜を盗み出し、地元の精肉業者やオールドマン・クラントンに転売していた疑いを持たれていました。特に1880年7月、キャンプ・ラッカーから米軍のラバ6頭が盗まれた事件が大きな転換点となります。
連邦政府の所有物であるラバの捜索のため、ヴァージル・アープ保安官代理は、弟のワイアットとモーガン、そしてウェルズ・ファーゴ社の代理人マーシャル・ウィリアムスと共に捜査に当たりました。彼らはバボコマリ川にあるマクローリー兄弟の牧場で盗まれた動物を発見し、政府の「US」ブランドを「D8」に書き換えるために使用された焼印も見つけました。
当初、カウボーイのフランク・パターソンがラバの返還を約束したため、衝突を避けるべく捜査隊は一度撤退しました。しかし、後日現れたカウボーイたちはラバを返さず、捜査隊を嘲笑しました。これに激怒したジョセフ・H・ハースト大尉は、手配書を配布して犯人の逮捕と有罪判決に懸賞金をかけ、フランク・マクローリーが盗難動物の隠匿を助けたと名指しで非難しました。
この件に対し、フランクは地元紙『ナゲット』に反論を掲載し、ハースト大尉を「臆病者」や「嘘つき」と激しく罵倒しました。また、ヴァージル・アープに対しても、「次にあのように近くまで追いかけてくれば、戦うことになる」と脅迫的な警告を与えたと報告されています。
個人的な対立と生活の転換
法的な争い以外にも、個人的な恨みが積み重なっていました。1879年11月、ワイアット・アープの愛馬が盗まれ、1年以上経った後にそれがアイク・クラントンとビリー・クラントンの所有下にあることが判明しました。ワイアットはドク・ホリデイと共に馬を取り戻しに向かい、その道中で偶然、召喚状を届けようとしていたジョニー・ビハン保安官と合流しました。
この際、18歳のビリー・クラントンはワイアットに対し、「他にも失くした馬があるのか」と挑発的な態度を取りました。しかし、所有証明書を提示される前に馬を返却したことから、ワイアットはビリーが元々の所有者を十分に認識していたと確信しました。
1881年初頭、コチーゼ郡の設立後、トムとフランクはサルファースプリングス渓谷へと牧場を移転させました。彼らはそこで井戸を掘り、アドベ(日干し煉瓦)造りの立派な家や納屋、灌漑設備を整え、140頭の牛、8頭の馬、2頭のラバを所有する規模にまで発展させました。彼らは、11月30日にアイオワ州で結婚式を挙げる姉のサラ・キャロラインを訪ねる計画を立てていました。
マクローリー兄弟の活動まとめ
| 項目 | 詳細内容 |
|---|---|
| 主な拠点 | ソルジャーズ・ホール → サルファースプリングス渓谷 |
| 主な対立相手 | アープ兄弟(ヴァージル、ワイアット、モーガン) |
| 関与した疑惑 | メキシコからの家畜窃盗、米軍ラバの盗難およびブランド変更 |
| 所有資産(移転後) | 牛140頭、馬8頭、ラバ2頭、アドベ造りの牧場施設 |
Frequently Asked Questions
マクローリー兄弟はなぜアープ家と対立したのですか?
主に家畜窃盗の疑いと、それに伴う法執行機関による捜査が原因です。特に米軍のラバを盗み、焼印を書き換えて隠匿したとされる事件で、ヴァージル・アープらと激しく衝突しました。
「D8」という焼印は何を意味していましたか?
もともと米軍の所有物であることを示す「US」というブランド(焼印)が押されていましたが、それを隠して自分たちの所有物に見せかけるために書き換えられた偽の印です。
フランク・マクローリーはどのような人物でしたか?
牧畜業を営む一方で、法執行官に対して非常に攻撃的な態度を取る人物でした。ハースト大尉を新聞で激しく非難したり、ヴァージル・アープに直接的な脅しをかけたりするなど、好戦的な一面を持っていました。
彼らが最後に移住したサルファースプリングスでの生活はどうでしたか?
かなり設備を整えた生活を送っていました。アドベ造りの家や納屋、灌漑設備を自前で構築し、140頭の牛を飼育するなど、牧場経営を本格化させていました。
カーリー・ビル・ブロシアスとの関係は何でしたか?
彼らは親しい関係にあり、ブロシアスが誤って保安官フレッド・ホワイトを射殺した事件の際にも同行していました。この事件で一時拘束されましたが、最終的に釈放されています。