現代の西洋音楽において、ピアノの鍵盤のように1オクターブを12等分する「12平均律」は標準的な基準となっています。しかし、音楽の世界にはその鍵盤と鍵盤の「隙間」に存在する音、すなわちマイクロトーン(微分音)という概念が存在します。マイクロトナリティとは、半音よりもさらに狭い音程(マイクロインターバル)を用いる音楽的アプローチのことです。
単に狭い音程を指すだけでなく、12平均律では表現できないあらゆる音程体系を含む広義の概念として捉えられます。これにより、作曲家は従来の調性音楽の枠を超えた、極めて繊細な感情表現や未知の音響空間を構築することが可能になります。
Key Facts
- 定義:半音(100セント)よりも小さい音程、または12平均律にない音程を使用すること。
- 歴史的起源:古代ギリシャのエンハルモニコン属など、古くから多様な音程体系が存在した。
- 多様な体系:四分音(24等分)だけでなく、31等分、72等分、あるいは整数比に基づく純正律など多岐にわたる。
- 現代の展開:電子音楽の普及により、複雑な調律の実現と表記の制約が大幅に解消された。
用語の定義と概念の変遷
「マイクロトナリティ」という言葉が英語圏で注目されたのは20世紀半ばのことです。1946年にはルディ・ブレッシュがブルース・スケールにおける微細な音程の変化に関連付けて言及し、その後、ブルース特有の「ブルーノート」が12平均律にない微分音的な性質を持つことが学術的に分析されました。
言語圏によっても呼称は異なります。ドイツ語圏では「Mikrotonalität」という言葉が使われる一方、伝統的な音楽理論(コンマやディエシスなど)の文脈では「Mikrointervall(微分音程)」、前衛音楽や東洋音楽の文脈では「Mikroton(微分音)」という言葉が好まれる傾向にあります。
また、20世紀初頭のドイツやオーストリアでは、四分音を用いる音楽を指して「Viertelton-Musik(四分音音楽)」と呼ぶのが一般的でした。この用語は、実際には四分音以外の分数的な音程が含まれている場合でも、総称として1990年代まで広く使用されていました。
微分音の歴史的背景
古代ギリシャからルネサンスまで
微分音の概念は決して新しいものではありません。古代ギリシャでは、テトラコード(4つの音からなる単位)を分割・組み合わせることで多様な旋法を構築していました。特に「エンハルモニコン属」と呼ばれる体系では、現代の半音の半分(50セント未満)に相当する非常に狭い音程である「ディエシス」が用いられていました。
ルネサンス期のイタリアでは、理論家ニコラ・ヴィチェンティーノが古代ギリシャの理論を再解釈し、1オクターブに36鍵を持つ「アルチチェンバロ」という特殊な鍵盤楽器を製作しました。これは、あらゆる調において純正な長3度を維持することを目的としたシステムでした。

20世紀の先駆的な作曲家たち
1920年代から30年代にかけて、微分音は現代音楽の重要な探求対象となりました。アロイス・ハーバは四分音(1オクターブ24音)や六分音を追求し、フリアン・カリージョは最大で96等分まで細分化した専用ピアノを製作しました。また、ハリー・パルチは平均律を完全に否定し、素数(3, 5, 7, 11)の比率に基づく独自の純正律体系を構築し、自作の楽器群で演奏しました。
電子音楽による革命と現代の展開
電子音楽の登場は、微分音の扱いに劇的な変化をもたらしました。物理的な鍵盤や管の長さに縛られないため、任意の周波数を自在に設定でき、複雑な記譜法の問題も回避できるようになったからです。
例えば、カールハインツ・シュトックハウゼンは『Studie II』において100Hzを起点とする81段階のスケールを採用し、『少年の歌』では7等分から60等分まで多様な音階を使い分けました。また、イーズリー・ブラックウッドは13等分から24等分までのあらゆる平均律を検証する『電子音楽のための12の微分音エチュード』を制作し、それぞれの調律における和声的挙動を研究しました。
微分音音楽の主要なアプローチまとめ
| アプローチ | 特徴 | 代表的な例・人物 |
|---|---|---|
| 等分律 (EDO) | 1オクターブを等分に分割する。24, 31, 72等分など。 | アロイス・ハーバ、フリアン・カリージョ |
| 純正律 (Just Intonation) | 単純な整数比に基づいた自然な響きを重視する。 | ハリー・パルチ、ルー・ハリソン |
| スペクトル楽派 | 倍音構造などの音響物理学的分析から微分音を導き出す。 | ジェラール・グリゼー、トリスタン・ミュライユ |
| 直感的・流動的 | 厳密な体系よりも、音の揺らぎや線的な変化を重視する。 | ジャチント・シェルシ |
Frequently Asked Questions
微分音とは具体的にどのような音ですか?
簡単に言えば、ピアノの白鍵と黒鍵のちょうど中間に位置するような音のことです。12平均律では表現できない「音と音の間の音」であり、聴感上は微妙に外れた音に聞こえることもあれば、非常に澄んだ響きに聞こえることもあります。
なぜ微分音を使うのですか?
表現の幅を広げるためです。自然界の倍音に含まれる音を再現したり、伝統的な非西洋音楽(アラブ音楽やインド音楽など)の繊細なニュアンスを表現したり、あるいは全く新しい音響的な緊張感や色彩感を作り出すために利用されます。
微分音を演奏するための楽器はありますか?
バイオリンやトロンボーンのようなフレットのない楽器は、奏者の技術で微分音を出すことが可能です。一方、鍵盤楽器ではヴィチェンティーノのアルチチェンバロのような特注品や、現代のデジタルシンセサイザー、MIDI規格を用いたソフトウェアを用いて実現します。
現代のポピュラー音楽でも使われていますか?
はい。ブルースの「ブルーノート」は実質的に微分音的な性質を持っており、また現代のプログレッシブ・ロックやエレクトロニカの分野でも、あえて平均律を外した調律を用いるアーティスト(Aphex Twinなど)が存在します。
References
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