19世紀から20世紀にかけて、ドイツの知的基盤を支えた巨大な百科事典が存在しました。それがマイヤーズ・レキシコン(Meyers Konversations-Lexikon)です。1839年の創刊から1984年に競合のブロックハウス社と統合されるまで、この事典は時代に合わせて形態を変えながら、学者から実業家、技術者まで幅広い層に最新の知識を提供し続けました。
Key Facts
- 創刊: 1839年、ヨゼフ・マイヤーによって設立されたビブリオグラフィシェス・インスティトゥートが発行。
- 特徴: 当時の他社事典に先駆け、テキストに図版や地図を統合した構成を採用。
- 最大規模: 初版は全52巻に及び、19世紀ドイツで最も包括的な百科事典と称された。
- 普及: 第6版では24万セットという驚異的な販売数を記録。
- 終焉: 1984年にブロックハウス百科事典(Brockhaus Enzyklopädie)に吸収合併。
誕生の背景と「驚異のマイヤー」
創業者であるヨゼフ・マイヤー(1796–1856)は、既存の百科事典が表面的な内容に留まっているか、あるいは時代遅れであると感じていました。そこで彼は、教養ある市民だけでなく、実務的な知識を求めるビジネスマンや技術者にとっても有用な「普遍的な百科事典」を目指しました。
1839年に登場した初版『教養ある階級のための大会話辞典』は、視覚的な資料(地図やイラスト)を本文に組み込んだ画期的な構成でした。完成までには長い時間を要し、最終的に全52巻という膨大なボリュームとなったため、人々から「驚異のマイヤー(der Wunder-Meyer)」という愛称で呼ばれるようになりました。
版の変遷と黄金時代
ヨゼフの没後、息子のヘルマン・ユリウスが引き継ぎ、より効率的な出版体制を構築しました。第1改訂版(1857–60年)では、購読者に「3年以内に完結させる」ことを約束し、遅延した場合は無料で提供するという大胆な戦略で信頼を勝ち取りました。
その後、第2版から第5版へと進化し、次第に内容の精緻化が進みました。特に第4版(1885–90年)は、補遺を含めて充実した内容となり、当時の知識体系を網羅していました。

さらに、1902年から1908年にかけて刊行された第6版『マイヤーズ大会話辞典』は、全20巻の構成で24万セットを販売し、シリーズ最大の商業的成功を収めました。この時期の事典は、ドイツの知的生活において不可欠なツールとなっていました。


激動の時代と政治的影響
20世紀に入ると、世界大戦と経済危機が事典のあり方に影響を与えました。1920年代の経済恐慌により、第7版は巻数が12巻に削減され、要約版である「ブリッツ・レキシコン(電撃辞典)」も登場しました。
ナチス政権下の第8版(1936–42年)は、厳しい検閲の下で制作されました。また、装丁に茶色が採用されていたことから、ナチスの象徴色に掛け合わせて「茶色のマイヤー(Der Braune Meyer)」という不名誉な呼び名で知られることになります。戦争の影響で、計画されていた12巻のうち、アトラス巻を含む10巻までしか刊行されませんでした。
戦後の分断と最終的な統合
第二次世界大戦末期の空襲でライプツィヒの社屋が破壊され、その後、会社は接収されました。これにより、出版拠点は西ドイツのマンハイム(ビブリオグラフィシェス・インスティトゥートAG)と、東ドイツのライプツィヒ(VEBビブリオグラフィシェス・インスティトゥート)に分断されました。
マンハイム側は1971年から79年にかけて、20世紀で最も包括的なドイツ百科事典となる第9版(全25巻)を刊行しました。一方、ライプツィヒ側ではマルクス主義のイデオロギーを反映した『マイヤーズ新辞典』が発行されました。
この分断状態を経て、1984年にマンハイムの社は最大のライバルであったヴィースバーデンのF.A.ブロックハウス社と合併しました。この出来事は、業界の巨頭同士の結合であることから「象の結婚(Elefantenhochzeit)」と例えられました。統合後、重複する製品ラインを整理するため、マンハイム系の事典は「ブロックハウス」ブランドに統合され、マイヤーズの名は歴史に刻まれることとなりました。
マイヤーズ・レキシコンの概要まとめ
| 版数 | 刊行時期 | 巻数 | 主な特徴・備考 |
|---|---|---|---|
| 初版 | 1839–1855 | 52巻 | 「驚異のマイヤー」と呼ばれた最大規模の初版 |
| 第4版 | 1885–1892 | 18巻 | 補遺を含む充実した構成 |
| 第6版 | 1902–1908 | 20巻 | 24万セットを販売した最大ヒット版 |
| 第8版 | 1936–1942 | 不完結 | ナチス検閲下の「茶色のマイヤー」 |
| 第9版 | 1971–1979 | 25巻 | マンハイム発行の最終包括版 |
Frequently Asked Questions
マイヤーズ・レキシコンが当時の他の事典と違っていた点は何ですか?
最大の特徴は、テキストだけでなく地図や図版を積極的に取り入れた点です。これにより、視覚的な理解を助ける構成となり、学者だけでなく実務家や一般市民にとっても使いやすい実用的な知識源となりました。
「茶色のマイヤー」とはどういう意味ですか?
ナチス政権時代に刊行された第8版を指します。装丁に茶色が使われていたことと、内容がナチスの検閲を受けていたことから、ナチスのイメージカラーである茶色に結びつけてそう呼ばれました。
なぜ最終的にブロックハウス社と統合されたのですか?
1984年にビブリオグラフィシェス・インスティトゥート社とF.A.ブロックハウス社が合併したためです。似たような大規模な百科事典を2つ維持することは効率的ではないと判断され、ブランドがブロックハウスに一本化されました。
現在、これらの事典の内容を閲覧することは可能ですか?
第6版までの古い版は、ドイツや米国などでパブリックドメインとなっており、Wikimedia Commonsなどのデジタルアーカイブを通じて、テキストや図版をオンラインで閲覧することが可能です。
References
- "Meyers Konversations-Lexikon 1. Auflage (1857-1860/1861)". Lexikon und Enzyklopädie.de. Retrieved 2016-06-28.
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