メソアメリカの深い歴史の中で、ひときわ異彩を放つ古文書が存在します。それがメキシコ・マヤ写本(かつての名称:グロリア写本)です。この写本は、単なる記録集ではなく、古代マヤの神官たちが天体の動きを読み解き、儀式や運命を予測するために用いた高度な天文暦でした。長らくその真贋を巡って議論が交わされてきましたが、最新の科学分析により、アメリカ大陸で現存する最古の書物であることが証明されています。
主要な事実(Key Facts)
- 制作年代:西暦1021年から1154年の間と推定。
- 正体:金星の運行を記録した天文暦(アルマナック)。
- 素材:アマテ紙( indigenous bark paper)に石膏の下地を塗り、天然顔料で描画。
- 歴史的価値:メキシコ国内で最古のマヤ写本であり、南北アメリカ大陸全体で最古の書物とされる。
- 現在の保管先:メキシコ国立図書館の保管庫。
真贋論争から「最古の書物」としての認定まで
この写本が世に知られたのは1960年代のことでした。1971年にニューヨークのグロリア・クラブで公開されたため、当初は「グロリア写本」と呼ばれていました。しかし、出土経緯が不透明であったことや、あまりに古い年代を示していたことから、多くの専門家が偽作であると疑いました。
転機となったのは、メキシコ国立人類学歴史研究所(INAH)を中心とした科学的な検証です。放射性炭素年代測定や、顔料に含まれる「マヤブルー(インディゴとパリゴルスカイトの混合物)」の分析、さらにはアマテ紙の表面に施された石膏(硫酸カルシウム)の下地調査が行われました。その結果、紙と顔料が同時期のものであることが判明し、11世紀から12世紀に制作された本物の古文書であることが確定しました。

金星の運行を記した高度な天文知識
本写本の核心は、マヤの人々が恐れ、敬った天体である金星の観測記録にあります。マヤの信仰において、金星は戦争や破壊を司る危険な存在と考えられていました。写本には、金星が「明けの明星」や「宵の明星」として現れる周期、および太陽に隠れて見えなくなる期間(合)が詳細に記されています。
具体的には、金星の会合周期である584日(不可視期間90日、宵の明星250日、不可視期間8日、明けの明星236日)というサイクルが、写本内の数値として組み込まれています。例えば、特定のページにある「リング」の中の数字を足し合わせることで、次の重要な天文現象までの日数を算出できる仕組みになっており、当時の神官にとって不可欠なガイドブックであったことが伺えます。
写本の構成と描かれた神々
もともとは20ページで構成されていましたが、現在は最初と最後の数ページが失われ、10ページ分が残っています。形式は「屏風折(スクリーンフォールド)」と呼ばれる形状で、もともとの全長は約250センチメートルに及び、有名なドレスデン写本に匹敵する規模でした。
各ページには、象徴的な神々の姿が描かれています。捕虜を捕らえる神カウィールや、死の神キミ、そして金星の神とされるトラウィスカパンテクトリなどが登場します。特に、巨大なナイフを手にし、別の神を斬首する死の神の描写は、チチェン・イッツァの戦士の神殿に見られる意匠と共通しており、当時の宗教的・政治的な背景を色濃く反映しています。
写本の詳細仕様まとめ
| 項目 | 詳細内容 |
|---|---|
| 素材 | アマテ紙(3層構造)、石膏下地 |
| 使用顔料 | ランプブラック、ヘマタイト(赤)、マヤブルー、コチニール(茶) |
| 形式 | 屏風折(スクリーンフォールド) |
| 主な内容 | 金星の会合周期とそれに伴う神々の儀礼 |
| 推定サイズ | 幅 約12.5cm / 元の全長 約250cm |
Frequently Asked Questions
なぜこの写本は「グロリア写本」と呼ばれていたのですか?
1971年にニューヨークのグロリア・クラブ(Grolier Club)で開催された展覧会で初めて一般に公開されたため、その名称が定着しました。現在は正式に「メキシコ・マヤ写本」と呼ばれています。
この写本が本物であると証明された根拠は何ですか?
放射性炭素年代測定による年代特定に加え、非破壊検査によってマヤブルーの成分であるパリゴルスカイトが検出されたこと、また紙の素材と顔料が同一時代のものであることが科学的に証明されたためです。
写本にはどのような内容が書かれていますか?
主に金星の運行サイクルを記録した天文暦です。金星の可視・不可視期間を計算するための数値と、それに結びついた神々の図像が描かれており、占星術的な目的で使用されていたと考えられています。
現在、この写本はどこで見ることができますか?
現在はメキシコ政府の所有となっており、メキシコ国立図書館の保管庫に厳重に保管されています。一般公開は限定的であり、主に研究目的や特別な展覧会でのみ公開されます。
アマテ紙とはどのような素材ですか?
メソアメリカの先住民が、野生のイチジク属などの樹皮を叩いて平らにし、乾燥させて作った伝統的な手漉き紙のことです。この写本では、書き心地を良くするために表面に薄い石膏の層が塗られています。
References
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