メソアメリカの古代文明、マヤの高度な知性を今に伝える数少ない遺産の一つがドレスデン絵文書です。メキシコのチチェン・イッツァ地域で作成されたと考えられているこの古文書は、天文学的な計算から宗教的な儀式、医学的な知見まで、当時の社会を支えた膨大な知識が凝縮されています。かつてはアメリカ大陸で現存する最古の書物とされていましたが、近年の研究により「メキシコ・マヤ絵文書(グロリエ絵文書)」の方が約1世紀古いことが判明しました。
主要な事実(Key Facts)
- 起源:メキシコのチチェン・イッツァ周辺(1200年〜1345年頃に作成)
- 材質:野生のイチジクの樹皮から作られた「アマテ紙」を使用
- 形式:アコーディオン状に折り畳むスクリーンフォールド形式(全78ページ)
- 内容:金星や月の運行表、日食の予測、宗教儀礼、医学などの記録
- 現状:ドイツのザクセン州立図書館に所蔵
古文書の構造と芸術的特徴
この絵文書は、高さ約20センチメートルのアマテ紙(マヤ語でhu'unと呼ばれる樹皮紙)で作られており、完全に広げると全長3.7メートルに及びます。表紙には装飾的なボードが付けられ、内部のページは多くの場合、赤色の境界線で区切られた3つのセクション(便宜上a, b, cと呼称)に分かれています。各セクションはさらに複数の列に分割され、テーマごとに整理されています。
視覚的な美しさも特徴的で、熟練した職人が植物染料と細い筆を用いて描き出しました。基本となる黒と赤に加え、マヤブルーや黄色、緑などの色彩が背景に用いられています。また、筆致やデザインの分析から、少なくとも8人の異なる書記がこの文書の作成に関わったことが分かっています。

歴史的背景と再発見の道のり
スペインによる征服と宗教裁判の時代、多くのマヤ古文書が焼却されましたが、ドレスデン絵文書はその危機を逃れた数少ない幸運な例です。1739年、ドイツの神学者ヨハン・クリスティアン・ゲッツェがウィーンで私蔵されていたこの文書を購入し、ドレスデンの王立図書館に収蔵されたことで、現在の名称の由来となりました。
19世紀に入ると、アレクサンダー・フォン・フンボルトが一部のページをアトラスに掲載し、世界にその存在が知られるようになりました。その後、アゴスティーノ・アリオによる初の完全な模写や、エルンスト・ウィルヘルム・フォルステマンによる暦の解読を経て、マヤ文字の解読における重要な鍵となりました。特に1950年代のユーリ・クノロゾフによる音節文字としての解読アプローチは、この文書の理解を飛躍的に深めました。


記録された高度な知識
ドレスデン絵文書の最大の価値は、その驚異的な天文学的精度にあります。特に金星の運行周期に関する表や、月と日食の相関関係を示すデータは極めて正確です。これらは単なる観測記録ではなく、農業のサイクルや宗教的な儀式の日程を決定するための実用的なツールとして機能していました。
また、260日の儀礼暦に基づいた王室の重要行事や、新年の儀式、さらには雨の神チャック(文書内で134回登場)への祈祷など、精神世界に関する記述も豊富です。天体の動きを神々の意志と結びつけ、地上の出来事を予測しようとしたマヤ人の世界観が鮮明に描き出されています。

保存状態とページ構成の変遷
この貴重な文書は、歴史の中で幾度もの危機にさらされました。1820年代の取り扱いによる劣化に加え、決定的な打撃となったのは第二次世界大戦中の1945年、ドレスデン空襲の際に地下室が浸水し、深刻な水害を受けたことです。これにより一部のページで詳細な文字や図像が失われました。
また、現在のページ番号は19世紀のアリオによる独自の分類に基づいています。彼は文書を前後二つのパートに分けて採番しましたが、現代の研究者は、表面をすべて読み終えてから裏面へ移るという、本来の読書順序を提唱しています。戦後の乾燥過程でページが入れ替わった箇所もあり、正確な順序の復元が続けられています。

ドレスデン絵文書の概要まとめ
| 項目 | 詳細内容 |
|---|---|
| 推定作成年代 | 1200年〜1345年頃 |
| 推定原産地 | メキシコ・チチェン・イッツァ |
| ページ数 | 78ページ(スクリーンフォールド形式) |
| 主な記述内容 | 天文学(金星・月)、宗教儀礼、医学、暦 |
| 使用言語・文字 | ユカテカ・マヤ語 / マヤ文字(ヒエログリフ) |
| 現在の所蔵先 | ザクセン州立図書館(ドイツ・ドレスデン) |
Frequently Asked Questions
ドレスデン絵文書にはどのような内容が書かれていますか?
主に天文学的な計算表(金星の周期や月の運行、日食の予測)や、宗教的な儀式スケジュール、マヤの新年行事、そして病気や医学に関する知識などが記録されています。
なぜ「ドレスデン」という名前がついているのですか?
1739年にドイツのドレスデンにある王立図書館に収蔵され、そこで管理されていたため、発見地ではなく所蔵地の都市名で呼ばれるようになりました。
この文書はどのように作られていますか?
野生のイチジク(Ficus cotinifolia)の樹皮を叩いて作った「アマテ紙」という特殊な紙を使用し、植物染料を用いて描かれています。アコーディオンのように折り畳める形式が特徴です。
水害によるダメージはどの程度だったのでしょうか?
1945年のドレスデン空襲時に地下室が浸水し、一部のページで文字や図像が消失しました。現在の状態を正確に知るためには、水害前の模写やファクシミリ版との比較が行われています。
マヤ文字の解読にどのように貢献しましたか?
フォルステマンによる数字と暦の解読や、その後のクノロゾフによる音節文字としての分析など、この文書の構造を解析することで、複雑なマヤ文字の体系を解き明かす重要な手がかりとなりました。
References
- "The "Dresden Codex," the Earliest Surviving Book Written in the Americas". HistoryofInformation.
- Murray, Stuart (2009). Library, the : an illustrated history. Michigan: Skyhorse Publishing, Inc. p. 140. .
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- Carrasco, Dav́d (2001). The Oxford Encyclopaedia of Mesoamerican Cultures. Oxford University Press. .
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