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メアリー・ブレイブ・バードラコタの誇りと闘争を綴った作家・活動家

🗓 2026年8月17日

アメリカ先住民の権利回復のために人生を捧げたメアリー・ブレイブ・バード(Mary Brave Bird)は、単なる活動家にとどまらず、ラコタ族の女性としての視点から社会の不条理を告発した重要な作家でもありました。彼女は、激動の1970年代にアメリカ・インディアン運動(AIM)の中核で活動し、先住民が直面していた差別や文化的な抑圧を世界に伝えました。

Key Facts

  • 出自:サウスダコタ州ローズバッド保留地出身のシカンガ・ラコタ族
  • 活動:1970年代にアメリカ・インディアン運動(AIM)に参加し、ウーンドニー事件などの歴史的抗議活動に携わった。
  • 実績:回想録『Lakota Woman』で1991年にアメリカン・ブック・アワードを受賞。
  • テーマ:著作を通じて、人種、ジェンダー、アイデンティティ、そして政府による先住民への虐待を告発した。

不屈の精神を育んだ幼少期と教育

1954年にサウスダコタ州のローズバッド保留地でメアリー・エレン・ムーア=リチャードとして生まれた彼女は、シカンガ・オヤテ(別名:バーント・サイズ・ネイション)の血を引いていました。母親が看護学校での勉強や仕事に励んでいたため、幼少期は主に祖父母の手で育てられました。

彼女の価値観に大きな影響を与えたのは、伝統的な習慣を重んじる親族たちでした。特に大叔父のディック・フール・ブルは、彼女をネイティブ・アメリカン教会へと導き、精神的な基盤を築かせました。しかし、教育の場では過酷な現実に直面します。1960年代に通ったカトリック系のセント・フランシス・インディアン・スクールという寄宿学校では、生徒たちが固有の文化を剥奪され、虐待を受ける環境にありました。メアリーは学校内の実態を暴く新聞を発行して抵抗しましたが、その結果、教師から激しい暴行を受けるという弾圧を経験しました。

AIMへの参画と歴史的闘争

18歳になった1971年、レオナード・クロウ・ドッグの演説に感銘を受けた彼女は、アメリカ・インディアン運動(AIM)に身を投じます。AIMとは、先住民の権利回復と条約の遵守を求めて組織された政治的・社会的運動です。

彼女は、1972年の「壊された条約の道(Trail of Broken Treaties)」や、それに続くワシントンDCのインド人事務局(BIA)本部の占拠など、数々の象徴的な抗議活動に参加しました。さらに、1973年に起きた「ウーンドニー占拠事件」にも加わり、先住民の尊厳を取り戻すための激しい闘争の最前線に立ちました。

作家としての歩みと社会的影響

メアリーは、自らの体験を文字に起こすことで、より広い世界にラコタ族の現状を訴えました。友人であるリチャード・エルドーズの編集協力を得て出版した2冊の回想録は、先住民文学における重要な記録となっています。

1990年に発表された『Lakota Woman』(メアリー・クロウ・ドッグ名義)は、1977年までの彼女の人生を描いた作品で、全米ベストセラーとなり、翌年にはアメリカン・ブック・アワードを受賞しました。続く1993年の『Ohitika Woman』では、その後の物語が綴られています。これらの著作では、ローズバッド保留地やパインリッジ保留地での生活、ラピッドシティにおける先住民の境遇、そしてFBIやインド人事務局による不当な扱いが克明に記されており、人種やジェンダー、アイデンティティという普遍的なテーマを深く掘り下げています。

彼女の人生と闘争は、1994年にジェーン・フォンダがプロデュースしたテレビ映画『Lakota Woman: Siege at Wounded Knee』としても映像化され、多くの人々に知られることとなりました。

家族と晩年

私生活では、AIMの精神的指導者であったレオナード・クロウ・ドッグと結婚しましたが、後に離婚しました。その後、1991年にルディ・オルギンと結婚し、彼との間に子供をもうけました。生涯を通じて6人の子供に恵まれ、祖母としても家族を支えながら、ネイティブ・アメリカン教会の活動に尽力し続けました。

2013年2月14日、カリフォルニア州ネバダ郡のクリスタルレイクにて58歳でこの世を去りましたが、彼女が遺した言葉と記録は、今もなお先住民の権利を考える人々にとって貴重な指針となっています。

プロフィールまとめ

メアリー・ブレイブ・バードの概要
項目 詳細
本名 メアリー・エレン・ムーア=リチャード
生没年 1954年9月26日 〜 2013年2月14日
所属部族 シカンガ・ラコタ(ローズバッド保留地)
主な活動 アメリカ・インディアン運動(AIM)活動家、作家
代表作 Lakota Woman』、『Ohitika Woman』
受賞歴 アメリカン・ブック・アワード(1991年)

Frequently Asked Questions

メアリー・ブレイブ・バードとはどのような人物でしたか?

サウスダコタ州出身のシカンガ・ラコタ族の女性で、作家および活動家として知られています。1970年代にアメリカ・インディアン運動(AIM)に参加し、先住民の権利擁護のために闘いました。

彼女が参加した主な歴史的出来事は何ですか?

1972年の「壊された条約の道」やワシントンDCのインド人事務局(BIA)本部の占拠、そして1973年の「ウーンドニー占拠事件」など、AIMによる重要な抗議活動に深く関わりました。

著書『Lakota Woman』の内容はどのようなものですか?

彼女自身の回想録であり、ローズバッド保留地での成長過程や、先住民が直面していた差別、政府機関による抑圧、そしてAIMでの活動などが描かれています。1991年にアメリカン・ブック・アワードを受賞しました。

彼女は教育過程でどのような困難に直面しましたか?

カトリック系の寄宿学校に通っていた際、先住民の文化を否定される教育や虐待を受けていました。これに抗議して学校内の実態を伝える新聞を発行したため、教師から暴行を受けるという弾圧を経験しました。

彼女の作品は映像化されていますか?

はい。回想録『Lakota Woman』に基づき、1994年に『Lakota Woman: Siege at Wounded Knee』というテレビ映画が制作されました。この作品では、1973年のウーンドニーでの対峙シーンなどが描かれています。

References

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