1970年代、宇宙開発競争の真っ只中にあったソビエト連邦は、人類に先駆けて月面を自在に移動できるロボット、ルノホート(Lunokhod)計画を推進しました。その第2弾として送り出された「ルノホート2号」は、高度な自律走行能力と科学観測装置を備え、月面の未知なる領域を切り拓いた先駆的な探査車です。
このミッションは、単なる走行テストではなく、月面の地質調査や天体観測の可能性を探るという極めて学術的な目的を持っていました。地球から遠隔操作されるこの「月面歩行者」が、どのようにして過酷な環境に挑んだのか、その詳細を紐解きます。

主要スペックと搭載機能
ルノホート2号は、高さ135cm、長さ170cm、幅160cmというコンパクトながら堅牢な設計でした。車体重量は840kgに及び、8つの車輪すべてに独立したサスペンション、電気モーター、ブレーキが搭載されていました。走行速度は時速1kmまたは2kmの2段階に設定されており、慎重な移動を可能にしていました。

エネルギー源には、蓋の裏側に設置された太陽電池パネルが採用されました。日中に電力を蓄え、極寒の月夜にはポロニウム210を用いた放射性同位体加熱ユニット(RHU)によって内部温度を維持し、凍結を防ぐ仕組みとなっていました。
高度な観測システム
視覚情報の収集には計7台のカメラが使用されました。ナビゲーション用の高解像度テレビカメラ1台と、周囲を捉えるパノラマカメラ4台を備え、地球上の5人のオペレーターがリアルタイムで走行ルートを指示していました。また、以下の科学装置が搭載されていました。
- 磁力計:2.5mのブーム先端に設置し、局所的な磁場を測定。
- 土壌力学テスター:月面の地盤強度や物理的特性を調査。
- アストロフォトメーター:可視光および紫外線の光量を測定し、月面からの天体観測の実現性を検証。
- レーザーコーナーリフレクター:フランス提供の装置で、地球からのレーザー測距に使用。
- 太陽X線観測装置および放射計:宇宙放射線の分析を実施。
ミッションの軌跡:着陸から終焉まで
1973年1月8日、プロトンK/Dロケットによって打ち上げられたルノホート2号は、着陸船「ルナ21号」に搭載されていました。1月15日、精密な減速シーケンスを経て、月面の「レ・モニエ・クレーター」に無事着陸しました。その後、スロープを降りて月面に降り立った探査車は、約4ヶ月にわたる壮大な旅を開始しました。

走行記録を振り返ると、1月下旬に約1.2km、2月には約9km、3月には最大で約16.5kmを走行するなど、段階的に活動範囲を広げていきました。起伏の激しい高地や溝(リル)を乗り越え、8万枚以上のテレビ画像と86枚のパノラマ写真を地球へ送信しました。

予期せぬ最期
順調に活動を続けていたルノホート2号でしたが、1973年5月11日に信号が途絶えました。後の分析によると、走行中に開いたままの蓋がクレーターの壁に接触し、大量の月面塵(レゴリス)が車体に付着したことが原因とされています。この塵が断熱材のような役割を果たしてしまい、内部の熱を逃がすラジエーターが機能しなくなったため、オーバーヒートを起こして故障したと考えられています。

歴史的成果と現在の状況
ルノホート2号の総走行距離については議論がありましたが、最終的に国際的な合意として39kmとされました。この記録は、2014年にNASAの火星探査車「オポチュニティ」が40kmを超えて塗り替えられるまで、地球外走行距離の世界記録として君臨していました。

| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 打ち上げ日 | 1973年1月8日 |
| 着陸地点 | レ・モニエ・クレーター |
| 車体重量 | 840 kg(探査車のみ) |
| 最終走行距離 | 約39 km |
| 運用期間 | 約4ヶ月間 |
| 主要成果 | 8万枚以上の画像送信、月面地質・磁場調査 |
現在、ルノホート2号は静かに月面に眠っていますが、搭載されたレーザーリフレクターは今でも機能しており、地球からの測距実験に利用されています。また、2012年にはNASAのルナー・リコネサンス・オービター(LRO)によって、その正確な位置が特定されました。
興味深いエピソードとして、1993年にこの探査車と着陸船の所有権がサザビーズのオークションにかけられ、ゲーム開発者のリチャード・ガリオット氏が68,500ドルで購入したことがあります。彼は「政府ではない個人として、地球外の物体を所有した」と語っています。
Key Facts
- 世界記録の保持者:2014年まで、地球外での最長走行距離記録を保持していた。
- 高度な遠隔操作:地球上のチームがテレビ画像を確認しながらリアルタイムで操作していた。
- 致命的な塵:月面の塵がラジエーターを塞いだことによるオーバーヒートが故障の原因。
- 個人の所有物:オークションを通じて、現在は個人が所有権を保持している。
- 現役の装置:走行は停止しているが、レーザー反射鏡は現在も科学的に利用されている。
Frequently Asked Questions
ルノホート2号はなぜ故障したのですか?
走行中に車体の蓋がクレーターの壁に当たり、そこに付着した月面の塵が冷却装置(ラジエーター)を覆ってしまったためです。これにより内部の熱が放出できなくなり、システムがオーバーヒートして動作不能になりました。
走行距離の計測に差異があったのはなぜですか?
当初は車輪の回転数から37kmと推定されていましたが、後にLROの画像解析により42km超という説が出ました。最終的に国際的な検証を経て、39kmという数値で合意に至りました。
誰がこの探査車の「所有者」なのですか?
1993年のオークションで、アメリカの起業家リチャード・ガリオット氏が購入しました。国際条約で国家による天体の領有は禁止されていますが、彼は個人であるため、この所有権の取得が話題となりました。
ルノホート2号は今でも月にあるのですか?
はい、レ・モニエ・クレーターにそのまま残っています。NASAの探査機LROによってその姿と走行跡が撮影されており、正確な位置が判明しています。
このミッションの最大の科学的貢献は何でしたか?
大量の画像による月面地形の可視化に加え、磁場測定や土壌力学の調査、そして月面からの天体観測の可能性を検証したことが大きな成果です。
References
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