かつてソビエト連邦が火星の衛星「フォボス」と「ダイモス」の謎を解き明かすために送り出した最後の探査機、それがフォボス2号です。1980年代後半、宇宙開発競争の時代において、あえて火星本体ではなくその衛星を標的にしたこのミッションは、当時の科学的野心と技術的限界を象徴する挑戦でした。
本記事では、フォボス2号がどのような目的で設計され、どのような成果を上げ、そしてなぜ悲劇的な結末を迎えたのかを詳しく解説します。

Key Facts
- ミッション目的:火星の衛星フォボスおよびダイモスの詳細調査。
- 運用期間:1988年7月12日の打ち上げから1989年3月27日の通信途絶まで。
- 主要成果:フォボスの表面の約80%をカバーする37枚の画像を撮影し、鉱物マップを作成。
- 失敗の原因:オンボードコンピュータの故障による姿勢制御および電力喪失。
- 特筆事項:ソ連が設計した最後の火星探査機である。
ミッションの背景と目的
1984年11月に発表されたこの計画は、米国による火星探査ミッションとの直接的な競合を避けるという戦略的な意図がありました。当初は1986年の打ち上げを予定していましたが、最終的に1988年7月12日にプロトンKロケットによって宇宙へと送り出されました。
フォボス2号の最大の使命は、火星の衛星フォボスに接近し、2機のランダー(移動可能なホッパーと固定式プラットフォーム)を投下して地表を直接調査することにありました。
探査の経過と直面した困難
火星への航行中から、フォボス2号は深刻なシステムトラブルに見舞われていました。搭載されていた3台のコンピュータのうち、1台が完全に停止し、もう1台にも不具合が出始めていたのです。この機体は意思決定に2台のコンピュータの合意を必要とする設計であったため、正常な1台だけでは制御不能に陥るリスクを抱えていました。さらに、高速データ送信機にも問題が発生していました。

しかし、こうした困難にもかかわらず、1989年1月29日に火星周回軌道への投入に成功しました。その後、ビデオ分光カメラや放射計、分光計を駆使して、太陽や惑星間物質、そして火星本体とフォボスの観測を遂行しました。
科学的成果と搭載機器
フォボス2号は、高度な観測機器を搭載しており、特に赤外分光計(ISM)による成果が顕著でした。赤道付近で45,000件もの近赤外線スペクトルを収集し、火星とその衛星の初の鉱物マップを作成することに成功しました。また、フォボスの表面の約80%を捉えた37枚の画像を送信し、解像度は最大で40メートルに達していました。
なお、赤外線分析の結果、フォボスに水の存在を示す証拠は見つかりませんでした。

主要搭載インストゥルメント
| 機器名称 | 主な役割・機能 |
|---|---|
| VSK TVイメージングシステム | フォボスおよび火星の視覚的撮影 |
| ISM赤外分光計 | 鉱物組成の分析および大気調査 |
| PROP-F ホッピングランダー | 地表への着陸と移動調査(未実施) |
| DAS 自律ステーション | 地表での固定観測(未実施) |
| ASPERA | 宇宙プラズマ、電子・イオンの分析 |
| 磁力計・重力計 | 磁場および重力場の測定 |
ミッションの終焉とその後
ミッションのクライマックスである、フォボス表面まで50メートルに接近してランダーを放出するという最終フェーズを目前に控え、悲劇が起こりました。1989年3月27日、機体との通信が完全に途絶したのです。後の分析により、オンボードコンピュータの故障が引き金となり、機体の姿勢制御ができなくなったことで電力が喪失したことが原因であると結論づけられました。
この設計思想は後の「マーズ96」や2011年の「フォボス・グルント」にも引き継がれましたが、いずれも失敗に終わりました。現在に至るまで、フォボス探査を完全に成功させたミッションは存在しません。
Frequently Asked Questions
フォボス2号はなぜ失敗したのですか?
主な原因はオンボードコンピュータの故障です。これにより機体の姿勢制御ができなくなり、結果として電源喪失に至り、地球との通信が途絶えました。
このミッションで得られた最大の成果は何ですか?
フォボスの表面の約80%をカバーする画像撮影に成功したことと、赤外分光計を用いて火星とその衛星の初の鉱物マップを作成したことが大きな成果です。
ランダーはフォボスに着陸しましたか?
いいえ、着陸しませんでした。ランダーを放出する直前に通信が途絶したため、地表調査は実施されませんでした。
フォボスに水はあったのでしょうか?
搭載されていた赤外分光計による観測では、水が存在することを示す証拠は見つかりませんでした。
フォボス2号はどのようなロケットで打ち上げられましたか?
ソ連のプロトンKロケットを使用して打ち上げられました。
References
- nasa.gov: Phobos Project Information
- Siddiqi, Asif. "Fobos 2" (PDF). NASA. pp. 171–172. Retrieved 1 December 2022.
- Nature Publishing Group, Television observations of Phobos
- Harvey, Brian (2007). Russian Planetary Exploration History, Development, Legacy and Prospects. Springer-Praxis. pp. 253–254, 257–261. .
- Perminov, V. G. "The Difficult Road to Mars" (PDF). NASA. p. 76. Retrieved 10 June 2026.
- Harvey, Brian (2007). Russian Planetary Exploration History, Development, Legacy and Prospects. Springer-Praxis. p. 246. .
- Murchiea, Scott; Erardb, Stephane (September 1996). "Spectral Properties and Heterogeneity of Phobos from Measurements by Phobos 2". Icarus. 123 (1): 63–86. :1996Icar..123...63M. :10.1006/icar.1996.0142.
- Harvey, Brian (2007). Russian Planetary Exploration History, Development, Legacy and Prospects. Springer-Praxis. p. 264. .
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