月面に水が存在するのかという問いは、人類が将来的に月基地を建設し、深宇宙へと進出するための極めて重要な鍵となります。この謎を解明するためにNASAが敢行したのが、LCROSS(Lunar Crater Observation and Sensing Satellite)ミッションです。この大胆な計画は、あえて月面にロケットを衝突させ、巻き上がった噴煙を分析することで、永久影に隠れた氷の正体を突き止めるというものでした。
LCROSSは、月周回偵察機(LRO)と共に2009年6月18日にアトラスVロケットで打ち上げられました。このミッションは、低コストかつ短期間で成果を上げる「ファストトラック」形式で設計されており、著名な放送記者ウォルター・クロンカイトに捧げられました。

Key Facts
- ミッション目的:月面の永久影領域における水氷の存在を確認すること。
- 手法:重量のあるロケット段を衝突させ、発生した噴煙を観測機で分析。
- 主要成果:月面のレゴリス(堆積層)に水が含まれていることを科学的に証明。
- 衝突地点:月南極のカベウスクレーター。
- 衝撃エネルギー:TNT約2トン分に相当するエネルギーを放出。
ミッションの構造と緻密な作戦
LCROSSは、単一の機体ではなく、重量のある「センタウルス(Centaur)」ロケット上段と、観測用の「シェパード(Shepherding Spacecraft)」という2つの構成要素で運用されました。この組み合わせにより、破壊と観測という相反する目的を同時に達成する戦略が取られました。

打ち上げ後、機体は月スイングバイを経て、周期37日の地球極軌道に入りました。道中、センサーの不具合により燃料の半分以上(約140kg)を喪失するというトラブルに見舞われましたが、運用チームの調整により、ミッション完遂に必要な最低限の燃料を確保することに成功しました。


二段階の衝突プロセス
2009年10月9日、作戦は最終段階に入りました。まず、重量約2,300kgのセンタウルスが時速約9,000kmという猛烈な速度でカベウスクレーターに激突しました。この衝撃により、月面から350トン以上の物質が噴煙となって宇宙空間へ舞い上がりました。

そのわずか数分後、後を追っていたシェパード観測機が、この噴煙の中を突き抜けるように飛行しました。シェパードは噴煙に含まれる成分を精密に分析して地球へデータを送信し、その後、自らも月面に衝突して任務を終えました。

科学的成果:月面に水は見つかったのか
衝突から約1ヶ月後の2009年11月13日、NASAは衝撃的な結果を発表しました。センタウルスが作り出した噴煙および放出された物質の中に、水(H2O)の存在が明確に確認されたのです。紫外線スペクトル分析では、太陽光によって分解された水由来のヒドロキシル基(OH)も検出されました。
当初の分析では、凍結したレゴリス中の水濃度は約1%と推定されましたが、その後の詳細な解析により、質量比で5.6 ± 2.9%というより具体的な数値が導き出されました。これは、月の一部の地域に相当量の氷が存在することを示唆しており、2018年には月極域の表面に氷があることが改めて確認されています。
この発見は、将来の有人月探査において、飲料水や呼吸用の酸素、さらにはロケット燃料の原料を現地で調達できる可能性(現地資源利用:ISRU)を大きく広げるものとなりました。
ミッション概要まとめ
| 項目 | 詳細内容 |
|---|---|
| 運用機関 | NASA / エイムズ研究センター (ARC) |
| 打ち上げ日 | 2009年6月18日 |
| 衝突日 | 2009年10月9日 |
| 衝突速度 | 約9,000 km/h (2.5 km/s) |
| 機体構成 | センタウルス(衝突体)+シェパード(観測機) |
| 主要成果 | 月面レゴリス中の水(質量比 約5.6%)を検出 |
Frequently Asked Questions
なぜわざわざ月面に衝突させたのですか?
月面の永久影(太陽光が全く当たらない場所)にある氷は、直接的に観測することが困難です。そこで、重量物を衝突させて地中の物質を強制的に宇宙空間へ噴出させ、その噴煙を分光計などで分析することで、成分を特定しようと考えたためです。
衝突による影響やクレーターの大きさはどうでしたか?
センタウルスの衝突により、直径約27m、深さ約5mのクレーターが形成されました。また、シェパードの衝突では直径約18m、深さ約3mのクレーターが作られたと推定されています。
地球上の望遠鏡で衝突の瞬間は見えましたか?
期待に反して、アマチュア向けの望遠鏡や、適応光学を備えたヘール望遠鏡のような世界最高峰の設備をもってしても、衝突による閃光や噴煙を視覚的に捉えることはできませんでした。噴煙の規模が地球から観測できるほど大きくなかったと考えられています。
このミッションで得られた水はどのような状態で存在していましたか?
分析の結果、水は凍結したレゴリス(月の砂)の中に含まれていることが分かりました。場所によっては純度の高い氷の堆積があると考えられており、今回の衝突地点は比較的乾燥していた可能性も指摘されています。
LCROSSはどのような賞を受賞しましたか?
技術的な革新性と成果が認められ、2010年にポピュラーメカニクス誌の「ブレイクスルー賞」や、NASAのグループ達成賞、スペース財団の「ジョン・L・スウィガートJr. 宇宙探査賞」など、数多くの権威ある賞を受賞しています。
References
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