第二次世界大戦という激動の時代、連合軍最高司令官として欧州戦線を指揮したドワイト・D・アイゼンハワー将軍の傍らには、常に一人の女性の姿がありました。彼女の名はケイ・サマーズビー。運転手から秘書へと役割を変えながら、将軍の最も親密な側近として活動した彼女の人生は、単なる軍務に留まらず、後世に語り継がれるロマンスの謎を孕んでいます。
主要な事実(Key Facts)
- 正体:アイルランド出身の女性で、イギリス軍およびアメリカ軍に所属した。
- 役割:アイゼンハワー将軍の専属運転手および個人秘書を務めた。
- 経歴:イギリス機械化輸送軍団(MTC)からアメリカ女性陸軍部隊(WAC)へ転身し、大尉まで昇進。
- 功績:大英帝国勲章(BEM)を受章。
- 論争:晩年にアイゼンハワー将軍との恋愛関係を主張したが、歴史家の間では意見が分かれている。
波乱に満ちた若き日と軍への道
1908年にアイルランドのコーク県で生まれたキャスリーン・ヘレン・マッカーシー=モロー(後のケイ・サマーズビー)は、多様な文化背景を持つ家庭で育ちました。若いうちはロンドンへ移り、映画のエキストラや写真、ファッションモデルなど、多彩な活動に従事していました。
1936年にイギリス軍将校のゴードン・サマーズビーと結婚しましたが、1933年に離婚。その後、アメリカ軍のリチャード・アーノルド中佐と婚約しますが、彼は北アフリカ戦線での地雷除去作業中に戦死するという悲劇に見舞われます。
戦時下の活躍:運転手から秘書へ
1939年にイギリスが第二次世界大戦に参戦すると、彼女はイギリス機械化輸送軍団(MTC)に入隊しました。1940年から41年にかけての「ロンドン大空襲」の最中、彼女は救急車の運転手として活動。霧や灯火管制下の複雑なロンドンの街路を巧みに走行する能力が高く評価されました。
1942年5月、ロンドンに到着したドワイト・アイゼンハワー少将の専属運転手に任命されたことで、彼女の人生は大きく変わります。その後、彼女は将軍の個人秘書へと昇格し、1945年11月まで彼を至近距離でサポートし続けました。この期間にアイゼンハワーは欧州戦線の最高司令官へと昇進し、ケイもまた彼の後押しを受けてアメリカ市民権を取得。アメリカ女性陸軍部隊(WAC)の将校となり、1947年に大尉として除隊するまで軍務に就きました。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 出身地 | アイルランド、コーク県 |
| 所属部隊 | イギリス機械化輸送軍団 (MTC) → アメリカ女性陸軍部隊 (WAC) |
| 最終階級 | 大尉 (Captain) |
| 主な役割 | アイゼンハワー将軍の運転手および個人秘書 |
| 主な受章 | 大英帝国勲章 (BEM)、ブロンズスターメダル等 |
戦後の生活と栄誉
彼女の献身的な働きは認められ、1945年の新年の名誉リストにて大英帝国勲章(BEM)を授与されました。この授与はウィンストン・チャーチル首相の強い意向によるもので、実際に勲章と首相の署名入り写真が贈られたのは、3年以上経った後のニューヨークでのことでした。
除隊後の1947年からはアメリカに定住し、1952年に証券業のレジナルド・H・モーガンと結婚しましたが、1958年に離婚しています。彼女は1975年1月20日、ニューヨーク州サウサンプトンにて癌のため66歳でこの世を去りました。
歴史的な論争:アイゼンハワーとの関係
ケイ・サマーズビーを語る上で避けて通れないのが、アイゼンハワー将軍との恋愛関係の有無です。この問題については、相反する証言と記録が存在します。
肯定的な視点と自伝の主張
1948年に出版した回想録『Eisenhower Was My Boss』では恋愛関係について触れていませんでしたが、死の間際にゴーストライターの手で執筆された自伝『Past Forgetting』では、二人の間に深いロマンスがあったことを明かしました。ただし、肉体関係はなかったと述べており、主に「密かなキス」や手をつなぐこと、共に乗馬やゴルフを楽しむ親密な関係であったと記述しています。
否定的な視点と懐疑論
一方で、多くの歴史家や当時のスタッフはこの主張を否定しています。歴史家のカルロ・デステは、彼女の自伝を「空想的」と切り捨てており、アイゼンハワー自身の回想録でも彼女は単なる補佐官の一人としてリストに載っているだけでした。また、ハリー・S・トルーマン元大統領が「アイゼンハワーが離婚して彼女と結婚しようとした」と語ったという説もありますが、多くの学者はこれをトルーマンの記憶違い、あるいは意図的な虚構であると考えています。
受章歴
- ブロンズスターメダル
- 女性陸軍部隊サービスメダル
- 欧州・アフリカ・中東キャンペーンメダル(銀星1、銅星2)
- 第二次世界大戦勝利メダル
- 占領軍メダル(「GERMANY」クラスプ付き)
- 大英帝国勲章 (BEM)
- 国防メダル(イギリス)
- 1939-1945年戦争メダル(イギリス)
- オランダ王室オレンジ=ナッソー勲章(騎士)
Frequently Asked Questions
ケイ・サマーズビーはどのような役割でアイゼンハワーを支えましたか?
当初は専属の運転手として彼をサポートし、その後は個人秘書として、彼が連合軍最高司令官として活動する期間の事務や身の回りの世話を担当しました。
彼女はイギリス軍とアメリカ軍の両方に所属していたのですか?
はい。最初はイギリスの機械化輸送軍団(MTC)に所属していましたが、後にアメリカ市民権を取得し、アメリカ女性陸軍部隊(WAC)の将校として任官しました。
アイゼンハワー将軍との恋愛関係は事実だったのでしょうか?
確定的な証拠はなく、現在も論争となっています。彼女自身の晩年の自伝では恋愛関係を認めていますが、多くの歴史家や当時の同僚たちはこれを否定しており、見解が分かれています。
彼女が受けた主な勲章は何ですか?
イギリス政府から授与された大英帝国勲章(BEM)のほか、ブロンズスターメダルやオランダのオレンジ=ナッソー勲章など、多くの軍事・名誉勲章を受章しています。
彼女の人生について書かれた本はありますか?
彼女自身が関わった回想録『Eisenhower Was My Boss』(1948年)と、晩年に出版された自伝『Past Forgetting』(1975年)があります。また、多くの歴史家によるアイゼンハワーの伝記の中でも彼女について言及されています。
References
- Bust portraits of Dwight D. Eisenhower and Kay Summersby Morgan, Library of Congress Prints and Photographs Division via Popartmachine.com, cph 3b20861, archived from the original on 18 February 2012, retrieved 1 April 2011
- Entry in Census of Ireland, 1911
- Wyden, Barbara, Papers, 1944–1945, , Abilene, Kansas
- ↑ 1958 edition of Burke's Landed Gentry of Ireland
- "Wedding Plans: Morgan-Summersby". , White Plains, New York. 21 November 1952.
- Korda, Michael (September 2007). Ike: An American Hero. harper collins. p. 385. .
- Mulligan, Hugh A. (28 May 1995). "When Gunfire Ended, So Did Ike's War Romance". . Associated Press. Retrieved 20 October 2012.
- In the photo linked above, Capt. Summersby is wearing the ribbon of the Bronze Star Medal
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