テーブルトークRPG(TRPG)の歴史において、作品の質を左右するのは単なるアイデアだけでなく、それを形にする緻密な編集と徹底したリサーチです。ジョン・ピケンズ(Jon Pickens)氏は、世界的に有名な『ダンジョンズ&ドラゴンズ(D&D)』を手掛けたTSR社において、編集者、デザイナー、クリエイティブディレクターなど多岐にわたる役割を担い、数々の名作を世に送り出しました。
Key Facts
- TSR社でのキャリア:編集者として入社し、後にアクイジション・エディター(作品採用責任者)やマネージング・エディターを歴任。
- 主要実績:『Rules Cyclopedia』の編集や、『Arms & Equipment Guide』の設計に携わる。
- リサーチの専門性:膨大な個人蔵書を活かし、設定資料の裏付けを行う「リサーチの専門家」として信頼されていた。
- 雑誌編集:『Strategy & Tactics』誌のゲーム編集者および編集長を務めた。
TSR社への入社と編集者としての飛躍
ピケンズ氏がTSR社に足を踏み入れたきっかけは、デザイナーと編集者の両方の採用試験を受けたことでした。結果として、デザイナーとしての評価よりも編集能力が高く評価され、編集者として採用されました。その後、彼は同社でアクイジション・エディターとなり、出版候補となるモジュールの審査という重要な役割を担うようになります。
また、TSR社が発行していた『Strategy & Tactics』誌においても、数年間にわたりゲーム編集者を務め、最終的にはマネージング・エディター(編集長)にまで昇進しました。彼にとってこの経歴は、自身の人生における一つの円が完結したような感覚をもたらしたといいます。
D&D作品への多大な貢献と設計実績
1978年以降、ピケンズ氏は『ダンジョンズ&ドラゴンズ』の数多くのプロダクトに携わってきました。単なる編集にとどまらず、ゲームデザイナーとしても才能を発揮し、オリジナルの『Arms & Equipment Guide』を設計したほか、第3版の根幹を成す『Player's Handbook』、『Monster Manual』、『Dungeon Masters Guide』の設計にも寄与しています。
編集面では、『Rules Cyclopedia』や『Castle Greyhawk』モジュールなど、ファンにとって重要な書籍のクオリティを管理しました。また、デヴィッド・"ゼブ"・クックと共に『Night of the Seven Swords』(1986年)の開発を監督するなど、制作の指揮も執っています。
「リサーチの要」としての役割
ピケンズ氏が社内で特に重宝されたのは、その深い知識とリサーチ能力でした。彼はTSR社における「リサーチの相談役」として知られており、自身の膨大な個人ライブラリーを同僚に提供することで、作品の世界観に説得力を持たせました。
例えば、1992年の『Aurora's Whole Realms Catalog』ではJ.ロバート・キング氏のリサーチを支援し、同じく1992年の『Al-Qadim: Arabian Adventures』の制作時には、ジェフ・グラブ氏へ3箱分もの参照資料と研究データを提供しました。こうした地道な裏付け作業が、D&Dの豊かな世界設定を構築する礎となりました。
キャリアの変遷と次世代への繋がり
2000年代初頭、ピケンズ氏はゲーム業界を離れましたが、その情熱は親族へと引き継がれています。甥のロバート・デホフ(Robert DeHoff)氏は現在も業界に留まっており、Catalyst Game Labsが展開する『BattleTech』、『Cosmic Patrol』、『Leviathans』などのラインナップで、ライターやプレイテスターとして活動しています。
| 役割 | 主な担当作品・活動 |
|---|---|
| ゲームデザイン | Arms & Equipment Guide、D&D第3版主要3冊(寄与) |
| 編集 | Rules Cyclopedia、Castle Greyhawk |
| リサーチ支援 | Al-Qadim: Arabian Adventures、Aurora's Whole Realms Catalog |
| 雑誌編集 | Strategy & Tactics(ゲーム編集者および編集長) |
Frequently Asked Questions
ジョン・ピケンズ氏はどのようにしてTSR社に入社しましたか?
デザイナーと編集者の両方の試験を受けましたが、編集者としての能力が高く評価されたため、編集職として採用されました。
彼がゲームデザイナーとして特に貢献した作品は何ですか?
『Arms & Equipment Guide』を設計したほか、D&D第3版の『Player's Handbook』、『Monster Manual』、『Dungeon Masters Guide』の設計に携わりました。
TSR社内で「リサーチの専門家」と呼ばれていたのはなぜですか?
自身の膨大な個人蔵書や資料を所有しており、それを他のデザイナー(ジェフ・グラブ氏など)に提供して設定の裏付けを支援していたためです。
『Strategy & Tactics』誌ではどのような役職を務めましたか?
数年間にわたりゲーム編集者を務め、その後マネージング・エディター(編集長)に就任しました。
現在もゲーム業界に関わっている親族はいますか?
はい。甥のロバート・デホフ氏が、Catalyst Game Labsの作品(BattleTechなど)でライターやプレイテスターとして活動しています。