航空史において、勇気と情熱を持って空に挑んだ女性たちは数多く存在します。その中でも、1960年代に世界的な注目を集めたのがジョアン・メリアム・スミスです。彼女は、かつてアメリア・イアハートが挑んだ過酷な赤道ルートを辿り、女性として2人目の世界一周単独飛行を成し遂げた先駆的な飛行士でした。
主要な実績(Key Facts)
- 世界一周の快挙: 女性として2人目の世界一周単独飛行を達成。
- 初の記録: 双発機(エンジンが2基搭載された航空機)による世界一周を達成した初の女性。
- 太平洋横断: 双発機を用いて太平洋を西から東へ横断した初の女性。
- 最短での資格取得: 当時の最低年齢である23歳で航空輸送操縦士資格(Airline Transport Rating)を取得。
早熟な才能と飛行への情熱
1936年にニューヨーク州オーシャンサイドで生まれたジョアン・アン・メリアムは、若くして空への憧れを抱きました。15歳で飛行訓練を開始し、17歳になるまでには自家用操縦士免許を取得するという類まれなる才能と行動力を示しました。
彼女のキャリアは加速し、女性限定の国際航空レースに最年少で出場したほか、前述の通り23歳という最短の年齢で高度な操縦資格を得るなど、当時の航空業界において異例のスピードで成長を遂げました。
アメリア・イアハートの足跡を辿る世界一周飛行
1964年3月17日、ジョアンはカリフォルニア州オークランドから、スポンサーであるロングビーチ市の名を冠した双発機「シティ・オブ・ロングビーチ(パイパー・アパッチ機)」で旅に出ました。彼女が選んだのは、1937年にアメリア・イアハートが挑んだ赤道ルートでした。
ルートはアメリカ南部からカリブ海、南米北東岸を経て西アフリカ、アジア南部、そしてオーストラリアとニューギニアへと続きます。彼女はイアハートが立ち寄った地点をほぼすべて巡り、ニューギニアではイアハートの出発を目撃した人々との面会や、サイパンでの調査も行いました。
5月12日、ウェーク島、ミッドウェイ島、ハワイを経由して再びオークランドに戻った彼女は、56日間で総距離27,750マイル(約44,500km)という壮大な旅を完結させました。同時期に別のルートで挑戦していたジェリー・モックに到着順では譲ったものの、双発機による快挙は世界に衝撃を与えました。
突然の別れと後世への遺産
世界的な名声を獲得したジョアンでしたが、その後の人生は短く、悲劇的な結末を迎えました。1965年1月には機体火災による不時着を経験していましたが、同年2月17日、快晴の条件下で操縦していたセスナ182機が、高度約8,200フィートで空中分解するという衝撃的な事故に遭いました。
この事故により、ジョアンと同行していた伝記作家のベアトリス・アン・“トリクシー”・シューバートは、カリフォルニア州サンガブリエル山脈に墜落し、28歳の若さでこの世を去りました。
彼女の死後、1964年の優れた女性飛行士に贈られる「ハーモン・トロフィー」が授与されました。また、オークランド市では5月12日が「アメリア・イアハート&ジョアン・メリアム航空の日」に制定され、彼女の勇気は今も記憶に刻まれています。
ジョアン・メリアム・スミスのプロフィールまとめ
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 生年月日 | 1936年8月3日 |
| 没年月日 | 1965年2月17日(享年28歳) |
| 主な使用機体 | パイパー・アパッチ(世界一周時) |
| 世界一周飛行期間 | 1964年3月17日 〜 5月12日(56日間) |
| 主な受賞歴 | ハーモン・トロフィー(1964年) |
Frequently Asked Questions
ジョアン・メリアム・スミスは世界で最初の女性単独飛行者ですか?
いいえ、世界一周を単独で達成した女性としては2人目です。同時期に挑戦していたジェリー・モックが先にゴールしましたが、ジョアンは双発機を使用して世界一周を達成した初の女性という独自の記録を打ち立てました。
彼女が世界一周で辿ったルートの特徴は何でしたか?
1937年にアメリア・イアハートが試みた赤道ルートを忠実に辿ったことです。南米、アフリカ、アジア、オーストラリアを経由し、イアハートが立ち寄った地点を多く訪問しました。
世界一周に使用した機体は何という名前でしたか?
パイパー・アパッチという双発機で、機体記号はN3251P(51-Papa)でした。スポンサーであるロングビーチ市にちなんで「シティ・オブ・ロングビーチ」と名付けられていました。
彼女の死因は何でしたか?
1965年2月17日、操縦していたセスナ182機が飛行中に構造的な故障(空中分解)を起こし、カリフォルニア州のサンガブリエル山脈に墜落したことが原因です。
彼女に贈られた主な栄誉は何ですか?
死後に「ハーモン・トロフィー」を授与されたほか、オークランド市による記念日の制定、そして米国議会による自由勲章の推薦(授与は未完了)など、その功績が高く評価されました。
References
- "Joan Merriam Smith". Fate on a Folded Wing. 2019-06-29. Retrieved 2020-05-01.
- "17 March–12 May 1964: Joan Merriam Smith | This Day in Aviation". Retrieved 2023-04-03.
- "Team rediscovers how a 1964 Long Beach woman was the first to pilot a solo trip around the equator". Press Telegram. 2019-12-16. Retrieved 2023-04-03.
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- "Joan Smith, World Flyer, Killed in California Crash", Chicago Tribune, February 18, 1965, p1
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