ディトグラフィ(重複書き)とは:写本における転写ミスのメカニズム

古文書や聖書の研究において、書き写しの過程で発生する人間的なミスを分析することは、元のテキストを復元するために不可欠です。その代表的な現象の一つがディトグラフィ(Dittography)です。これは、書き手が不注意により、文字や単語、あるいはフレーズを誤って二度繰り返して書いてしまう転写ミスを指します。

主にテキスト批評(Textual Criticism:複数の写本を比較して原典を推定する学問)の分野で用いられる用語であり、古代文学や宗教文献の校訂において重要な視点となります。

Key Facts

  • 定義:文字、単語、句などの意図しない重複書きのこと。
  • 発生原因:写本作成者(コピーイスト)による不注意な転写ミス。
  • 対義概念:似た単語への飛び越しによる脱落である「ハプログラフィ」。
  • 主な活用分野:聖書研究や古代ギリシャ・ローマ文学などのテキスト批評。

ディトグラフィの具体例とメカニズム

ディトグラフィは、単一の文字から長いフレーズまで、さまざまな規模で発生します。実際の写本に見られる例を挙げると、その傾向が明確になります。

文字レベルの重複

例えば、パピルス98のヨハネの黙示録1章13節では、「περιεζωσμενον」と書かれるべき箇所が「περιεζωσμμενον」となっており、文字「μ」が二重に書き込まれています。

単語およびフレーズレベルの重複

より大きな単位での重複も頻繁に起こります。バチカン写本(Codex Vaticanus)のヨハネによる福音書13章14節では、「διδασκαλος(教師)」という単語が繰り返されています。また、使徒行伝19章34節においては、「エフェソのアルテミスは偉大なり」というフレーズ全体が二度記述されており、他の写本では一度しか登場しない箇所であるため、明らかな転写ミスであると判断されます。

対照的な現象:ハプログラフィ

ディトグラフィとは正反対の現象にハプログラフィ(Haplography)があります。これは、書き手が文章を写している際、ある単語やフレーズを見た後、その先に似た綴りの言葉があるため、そこまで一気に視線が飛び、中間のテキストを飛ばして書いてしまう「書き飛ばし」のことです。

このように、「重複」と「脱落」という二つの対照的なミスを分析することで、研究者は写本がどのように伝播し、どこで改変が起きたのかを特定することができます。

写本における転写ミスのまとめ

転写ミスの種類と特徴
用語 現象 結果
ディトグラフィ 文字や語句を二度書いてしまう テキストの増加(重複)
ハプログラフィ 似た語句の間を飛び越えてしまう テキストの減少(欠落)

Frequently Asked Questions

ディトグラフィはなぜ起こるのですか?

主に写本作成者の視覚的な錯覚や不注意によって起こります。一度書いた文字や単語を、まだ書いていないと思い込んで再度書き込んでしまうことで発生します。

テキスト批評においてなぜこの知識が必要なのですか?

写本には多くの誤記が含まれています。ディトグラフィのような機械的なミスを識別できれば、それが意図的な改変なのか、単なる書き間違いなのかを区別でき、より正確な原典の復元が可能になるためです。

ハプログラフィとの決定的な違いは何ですか?

ディトグラフィが「過剰な繰り返し(足し算)」であるのに対し、ハプログラフィは「不注意な省略(引き算)」であるという点です。

どのような文献でよく見られる現象ですか?

印刷技術が普及する前の、手書きで複写されていたあらゆる古代文献に見られますが、特に膨大な写本が存在する聖書などの宗教文献の研究で頻繁に議論されます。