2013年、中国は月探査計画の重要なステップとなる「嫦娥3号」を打ち上げました。このミッションは、単なる着陸にとどまらず、月面車(ローバー)を運用して地質調査を行うという高度な挑戦でした。後のサンプルリターン計画(嫦娥5号・6号)に向けた技術実証としての側面も持ち合わせていたこのプロジェクトは、人類の月探査に新たな知見をもたらしました。
Key Facts
- 打ち上げ日: 2013年12月1日(UTC)
- 着陸地点: 月の雨の海(Mare Imbrium)
- 主要装備: 着陸機および月面車「玉兔(ぎょくとう)」
- 特筆すべき成果: 月面からの紫外線天体観測と地中レーダーによる地層解析
- 運用期間: 2013年12月から2015年3月までデータ送信を確認
ミッションの軌跡:打ち上げから着陸まで
嫦娥3号は、四川省の西昌衛星発射センターから長征3Bロケットによって宇宙へと送り出されました。打ち上げに際しては、ロケットの破片による被害を防ぐため、周辺地域の住民18万人以上が避難するなどの大規模な安全対策が講じられました。
月への旅路では、まず高度100kmの円軌道に投入され、その後、高度15kmから100kmの楕円軌道へと移行しました。12月14日の着陸シーケンスでは、高度100mでホバリングを行いながら障害物を回避し、最終的に高度4mでエンジンを停止して月面にソフトランディングしました。当初の予定地は「虹の湾(Sinus Iridum)」でしたが、実際にはそこから南に位置する「雨の海(Mare Imbrium)」のラプラスFクレーター付近に着陸しました。
着陸機の機能と科学的役割
重量1,200kgの着陸機は、月面の過酷な環境に耐えるため、太陽電池パネルに加えて放射性同位体加熱ユニット(RHU)を搭載し、内部システムの温度を維持しました。また、14日間に及ぶ月の夜の間は「スリープモード」に入り、エネルギーを節約する設計となっていました。
月面からの天体観測
特筆すべきは、月面に設置された初の長期天文台としての機能です。50mmのリッチー・クレチアン望遠鏡(LUT)を搭載し、近紫外線帯(245〜340nm)で銀河やクエーサー、変光星などを観測しました。月の希薄な外気圏と緩やかな自転のおかげで、地球上では不可能な長時間の連続観測が可能となりました。
さらに、極紫外線カメラを用いて地球のプラズマ圏を観測し、太陽活動が地球の磁気圏構造にどのような影響を与えるかを調査しました。あわせて、3台のパノラマカメラと降下用カメラ、そして地表深くを調べる土壌プローブが装備されていました。
月面車「玉兔」による地表探査
着陸機から展開された重量140kgの6輪ローバー「玉兔」は、自律的な障害物回避機能を備え、最大10kmの走行と3平方キロメートルの範囲探索を目標としていました。エネルギー源には太陽電池パネルを用い、夜間はプルトニウム238を用いたRHUで凍結を防いでいました。
運用開始直後、日向側が100℃を超え、日陰側が氷点下になるという極端な温度差に直面し、一時的にシステムを停止させる場面もありましたが、その後は順調に任務を遂行しました。玉兔はリアルタイムでのビデオ送信や土壌の簡易分析を行う能力を持っていました。

搭載された高度な分析機器
- 地中レーダー(GPR): 月面下30mまでの構造を直接測定し、数百メートル深さの地殻構造を調査しました。
- 分光計: アルファ粒子X線分光計と赤外線分光計により、月面サンプルの化学組成を分析しました。
- ステレオカメラ: マスト上のパノラマ・ナビゲーションカメラと前方の障害物回避カメラを組み合わせ、三角測量による距離測定や立体画像撮影を行いました。
玉兔は2014年1月に最初の月夜を乗り越えましたが、その後、複雑な月面環境に起因する「機械的な制御異常」が発生しました。断続的に通信を続けていましたが、2015年3月をもってデータ送信が途絶えました。
ミッション概要まとめ
| 項目 | 着陸機 (Lander) | 月面車 (Rover: 玉兔) |
|---|---|---|
| 質量 | 1,200 kg | 約140 kg |
| 主要電源 | 太陽電池 + RHU | 太陽電池 + RHU |
| 主要観測機器 | 紫外線望遠鏡、極紫外線カメラ | 地中レーダー、分光計、ステレオカメラ |
| 主な目的 | 天体観測、技術実証 | 地質調査、土壌分析、走行実証 |
Frequently Asked Questions
嫦娥3号はどこに着陸しましたか?
当初の計画では「虹の湾」を目指していましたが、実際には「雨の海(Mare Imbrium)」のラプラスFクレーターから南に約40kmの地点に着陸しました。
月面車「玉兔」はなぜ停止したのですか?
複雑な月面環境による「機械的な制御異常」が発生したためです。その後も断続的に通信していましたが、2015年3月に完全に通信が途絶えました。
月面で天体観測を行うメリットは何ですか?
月は地球に比べて大気が極めて薄く(外気圏)、自転も遅いため、地球上の望遠鏡では不可能な、遮るもののない長時間の連続観測ができる点にあります。
RHU(放射性同位体加熱ユニット)とは何ですか?
放射性同位体の崩壊熱を利用して熱を発生させる装置です。電気を作るのではなく、月面の極低温環境から機器を保護するための「暖房」として機能します。
地中レーダーではどのようなことが分かりましたか?
月面の土壌構造を深さ30mまで直接測定し、さらに数百メートル深さの地殻構造を調査することで、月の内部組成に関する貴重なデータを収集しました。