人類の火星探査において、安全な着陸地の選定はミッションの成否を分ける極めて重要な工程です。中国の火星探査ミッション「天問1号」では、高度な工学的分析と科学的目標の追求を両立させるため、厳格な基準に基づいたサイト選定が行われました。本記事では、広大な火星表面からどのようにして最終的な着陸地点が決定され、実際にどのようなプロセスで着陸が実現したのかを詳しく解説します。

Key Facts

  • 最終着陸地:ユートピア平原(Utopia Planitia)の南部。
  • 選定基準:工学的実現可能性(地形・風速等)と科学的価値(氷・鉱物等)の2点。
  • 着陸日時:2021年5月14日 23:18 UTC。
  • 着陸精度:計画された「着陸楕円16」の中心から約3.1km南に接地。
  • 主要設備:着陸機および探査車「祝融号(Zhurong)」。

着陸候補地の絞り込みプロセス

当初、選定チームは火星全域を調査し、北緯5度から30度の範囲にある3つの地域(アマゾニス平原、クリュセ平原、ユートピア平原)を候補として挙げました。

しかし、詳細な分析の結果、アマゾニス平原は熱慣性が小さく厚い塵が存在する可能性があったため除外されました。また、クリュセ平原は標高差や傾斜、クレーターの密度、岩石の分布といった地形的な険しさがネックとなり、候補から外れました。最終的に、古代の海洋が存在した可能性が高く、科学的価値が期待されるユートピア平原が選ばれました。

The two landing site candidates of Tianwen-1 mission are enclosed by red lines on Martian map. The one on the left is located in Chryse Planitia and the one on the right in Utopia Planitia.

高精度データによる詳細分析

2021年2月に火星軌道に投入された天問1号の周回機は、高解像度カメラ(HiRIC)を用いて、選定されたユートピア平原の領域を詳細に撮影しました。これにより、1ピクセルあたり5メートルのデジタル標高モデルや、0.7メートル解像度のクレーター検出マップなどのモザイク画像が作成されました。これらのデータの精度は、NASAの火星偵察機(MRO)の画像と比較して検証されています。

チームはこれらの画像を用い、平均傾斜角や岩石の分布率、クレーターの割合などを反復的に分析し、リスクを数値化した「ハザード指数」を算出しました。その結果、最もリスクが低いと判断された「候補楕円16」が主目標として決定されました。

(a) Hazard index map (5 m/pixel) of the main landing region and candidate landing ellipses 16 and 128; and (b) parameters for the calculation of the hazard indices for candidate ellipses 16 and 128.

着陸の実行とミッションの展開

2021年5月14日、天問1号は計画された着陸楕円16(長軸55km、短軸22km)を目指して降下しました。この楕円の軸が北から西に1.35度傾いているのは、計画された軌道降下経路によるものです。最終的に、探査車「祝融号」と着陸機は、標高マイナス4,099.4メートルの地点に無事接地しました。

Entry, descent and landing (EDL) sequence of Tianwen-1 lander and Zhurong rover

EDL(進入・降下・着陸)のシーケンス

着陸プロセスは、まず探査車と着陸機を格納した保護カプセルの分離から始まりました。その後、大気圏への進入、パラシュートによる減速を経て、最終的に逆噴射によるソフトランディング(緩やかな着陸)を実現しました。

火星表面での活動開始

着陸後、祝融号はプラットフォームから火星の土壌へと移動する準備に入りました。特筆すべきは、夜間の寒さをしのぐための熱管理システムです。デッキ上の10個の容器に格納されたn-ウンデカン(熱を吸収・放出する物質)が、昼間に融解して熱を蓄え、夜間に凝固して熱を放出することで機体を保護しました。

その後、祝融号に搭載されたNaTeCamによって撮影されたパノラマ画像が公開されました。そこには、事前の予測通り、小規模ながら広範囲に分布する岩石や白い波状パターン、泥火山のような地形が写し出されており、ユートピア平原南部の典型的な特徴が確認されました。

着陸地選定のまとめ

天問1号 着陸地選定の概要
項目 詳細内容
選定基準(工学) 緯度、標高、傾斜、表面状態、岩石分布、風速、視認性
選定基準(科学) 地質、土壌構造、水氷分布、表面元素、鉱物、磁場
最終選定地 ユートピア平原(北緯25度付近)
分析ツール HiRIC(高解像度カメラ)によるステレオ画像とモザイクマップ
リスク評価指標 ハザード指数(傾斜・岩石量・クレーター密度から算出)

Frequently Asked Questions

なぜユートピア平原が最終的な着陸地に選ばれたのですか?

他の候補地(アマゾニス平原やクリュセ平原)に比べて、地形的なリスク(急傾斜や岩石の多さ)が低く、かつ火星北部の低地に古代の海洋が存在した証拠が見つかる可能性が高かったためです。

ハザード指数」とは具体的に何を評価したものですか?

候補となる着陸楕円内の平均傾斜、8%以上の傾斜がある面積の割合、岩石の平均分布量、岩石密度が10%を超えるエリアの割合、およびクレーターの分布率などを総合的に数値化したリスク指標です。

祝融号はどのようにして火星の厳しい寒さに耐えていますか?

n-ウンデカンという物質を10個の容器に格納した熱管理システムを採用しています。この物質が昼間に熱を吸収して溶け、夜間に凝固して熱を放出することで、機体内部の温度を維持しています。

着陸後の画像公開に時間がかかったのはなぜですか?

祝融号(探査車)と周回機の間の無線通信が可能な時間が非常に短く、データの転送に時間を要したためです。

実際の着陸地点は計画通りでしたか?

ほぼ計画通りです。目標とした「着陸楕円16」の中心点から約3.1km南に接地しており、非常に高い精度で着陸に成功しました。