第一次世界大戦という未曾有の混乱の中、最前線で負傷者に寄り添い、自らも大きな犠牲を払いながら任務を全うした女性がいました。カナダ生まれのアメリカ人看護師、ベアトリス・メアリー・マクドナルドです。彼女は単なる医療従事者としてではなく、比類なき勇気を持つ軍人として、アメリカ軍の歴史にその名を刻みました。
Key Facts
- 女性初の受章者: 戦闘負傷者に贈られる「パープルハート勲章」を女性として初めて受けた人物。
- 卓越した勇気: 第一次世界大戦中の英雄的行為により、アメリカの「殊勲十字章(Distinguished Service Cross)」を受章。
- 不屈の精神: ドイツ軍の空襲で片目を失う重傷を負いながら、わずか6週間後に最前線への復帰を志願。
- 国際的な評価: 米国のみならず、フランスやイギリスからも高い評価を受け、複数の勲章を授与された。
看護師としての歩みと戦地への志願
マクドナルドはカナダのプリンスエドワード島、ノース・ベデクで誕生しました。その後、さらなる研鑽を積むためにニューヨークへと渡り、ニューヨーク市病院看護学校で専門的な教育を受けました。
第一次世界大戦が勃発すると、彼女の献身的な精神が突き動かされました。1915年にはアメリカ救急車サービスに志願し、パリのアメリカ病院で短期間勤務。帰国後は外科医ジョージ・エマーソン・ブリュワーのオフィスマネージャーを務めるなど、医療現場での経験を積み重ねていきました。
最前線での悲劇と不屈の意志
1917年、マクドナルドはプレスビテリアン病院の部隊と共にアメリカ陸軍看護隊に入隊し、フランスへ派遣されました。彼女が配属されたのは、イギリス軍の第61野戦救急ステーションという、極めて危険な最前線に近い拠点でした。
運命の日、1917年8月17日の「第三次イーペル戦」の最中、ドイツ軍による激しい空襲が彼女たちの拠点を襲いました。マクドナルドは爆撃により顔面に重傷を負い、片目を失うという過酷な状況に陥ります。激しい砲撃が続く中、同僚のヘレン・グレース・マクレランドによる応急処置によって止血され、ブローニュにある米遠征軍の眼科センターへと搬送されました。

しかし、彼女の精神は折れませんでした。失明という身体的な喪失を抱えながらも、彼女は任務への復帰を強く希望。負傷からわずか6週間後には現場に戻り、1918年5月からは第2避難病院の看護師長として、1919年1月まで最前線で指揮を執り続けました。
歴史に刻まれた栄誉と勲章
マクドナルドの勇気ある行動は、米政府および同盟国から高く評価されました。特に、1919年2月27日に授与された殊勲十字章(Distinguished Service Cross)は、第一次世界大戦中にこの勲章を受けたわずか3人の女性のうちの一人であり、女性として初の受章となりました。
また、後にダグラス・マッカーサー将軍によって創設された、戦闘負傷者に贈られる「パープルハート勲章」についても、1936年1月4日に申請し受章しました。これにより、彼女は負傷日および受章日の両面において、女性として史上初めてこの勲章を授与された人物となりました。
彼女が受けた主な勲章を以下の表にまとめます。
| 国・組織 | 勲章・賞の名前 | 備考 |
|---|---|---|
| アメリカ合衆国 | 殊勲十字章 (Distinguished Service Cross) | 女性初の受章者(第一次世界大戦時) |
| アメリカ合衆国 | パープルハート勲章 (Purple Heart) | 女性として史上初の受章者 |
| アメリカ合衆国 | 殊勲メダル (Distinguished Service Medal) | 英雄的行為に対する評価 |
| フランス | クロワ・ド・ゲール (Croix de Guerre) | 銅章 |
| イギリス | ミリタリーメダル (Military Medal) | 勇敢な行為に対して授与 |
| イギリス | ロイヤル・レッド・クロス (Royal Red Cross) | 第2級 |
晩年とその後
戦後、マクドナルドはニューヨークのマンハッタンで静かな生活を送りました。1969年9月4日にその生涯を閉じましたが、彼女の功績は忘れられることなく、ロングアイランド国立墓地に軍人の最高礼遇をもって埋葬されました。
Frequently Asked Questions
ベアトリス・マクドナルドはなぜパープルハート勲章を受けたのですか?
第一次世界大戦中の1917年8月17日、ドイツ軍の空襲を受けた際に爆弾による重傷を負い、片目を失ったためです。この戦闘負傷に基づき、1936年に女性として初めてこの勲章を授与されました。
彼女が受けた「殊勲十字章」にはどのような意味がありますか?
殊勲十字章は、極めて卓越した勇気を示した軍人に贈られる勲章です。彼女は空襲下でも持ち場を離れず、負傷者にケアを提供し続けた英雄的行為が認められ、女性として初めてこの栄誉に浴しました。
負傷後、すぐに任務に戻ったというのは本当ですか?
はい。片目を失うという重大な負傷をしましたが、彼女は強い意志を持って復帰を志願し、わずか6週間後には再び任務に就きました。その後、避難病院の看護師長として最前線で尽力しました。
彼女はアメリカ人だったのでしょうか?
彼女はカナダのプリンスエドワード島で生まれましたが、その後ニューヨークへ移住し、アメリカ陸軍看護隊の一員としてアメリカ軍に所属して戦いました。
他にどのような国の勲章を受けましたか?
アメリカ以外では、フランスのクロワ・ド・ゲール(銅章)、およびイギリスのミリタリーメダルとロイヤル・レッド・クロス(第2級)を受章しており、国際的にその勇気が認められていました。
References
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