人類が月面に降り立ったアポロ計画の中でも、科学的な探究心に満ちていたのがアポロ16号のミッションです。その中でも特筆すべき装置が、遠紫外線カメラ/分光計(Far Ultraviolet Camera/Spectrograph, 通称UVC)です。これは、地球の大気圏という「フィルター」に邪魔されることなく、宇宙の深淵から届く遠紫外線領域の光を捉えるために設計された、史上初の月面天文台とも言える装置でした。
Key Facts
- 目的:地球の大気、太陽系内のガス雲、遠方の銀河などの遠紫外線観測。
- 設置場所:月面のデカルト高地(アポロ16号着陸地点)。
- 成果:11のターゲットに対し、計178枚のフィルム画像を撮影。
- 設計者:米国海軍研究室のジョージ・ロバート・キャルザース博士。
- 展開:アポロ16号のほか、改良版がスカイラブ4号でも運用された。
UVCの技術的仕様と運用
UVCは、重量22kgの三脚設置型シュミットカメラであり、f/1.0、焦点距離75mmという高性能な光学系を備えていました。この装置は、電磁スペクトルのうち、特に波長の短い遠紫外線領域を捉えることに特化しています。具体的には、300〜1350オングストローム(Å)の分光データと、1050〜1260Åおよび1200〜1550Åの2つのパスバンドによる画像取得が可能でした。
光学的な調整には、フッ化リチウム(LiF)またはフッ化カルシウム(CaF2)で作られた2枚の補正板が使用され、観測したい波長帯に合わせて選択されました。また、光電変換にはヨウ化セシウム(CsI)光電陰極が採用され、得られたデータはフィルムカートリッジに記録されました。

1972年4月、ジョン・ヤング船長とチャールズ・デューク宇宙飛行士によって月面のデカルト高地に設置されました。太陽光による眩しさを避け、装置を冷却するために、月着陸船の影に配置されたのが特徴です。観測ターゲットへの方向付けは、宇宙飛行士による手動操作で行われました。

多角的な科学目標
UVCの観測目的は、単一の分野に留まらず、天文学の広範な領域にわたっていました。
- 地球研究:電離層やジオコロナ(地球を包む水素ガス層)、昼夜の大気光、そしてオーロラの構造と組成を分析しました。
- 太陽物理学:太陽風や太陽弓状雲(ソーラーボウクラウド)など、太陽系内に漂うガス雲の観測を試みました。
- 深宇宙天文学:銀河系内および遠方の銀河団の分光分析を行い、銀河間の水素の存在を直接的に証明することを目指しました。
- 月面研究:月大気の検出や、火山活動に由来するガスの探索を行い、将来的に月面を天文台の設置拠点とするための評価も兼ねていました。
ミッションの成果とデータ
最終的な船外活動の際にフィルムカートリッジが回収され、地球へと持ち帰られました(装置本体は月面に残されました)。解析の結果、大マゼラン雲や様々な星団、星雲、そして地球のオーロラなど、11の異なる対象について計178枚の画像が得られました。
特に地球の観測画像では、昼側が太陽光を強く反射する一方で、夜側には荷電粒子によって引き起こされるオーロラの紫外線放射帯が鮮明に捉えられていました。これらのフィルムは後にデジタルスキャンされ、NASAによって保存されています。
| 項目 | 詳細仕様 |
|---|---|
| 重量 | 22 kg |
| 光学系 | f/1.0, 75mm シュミットカメラ |
| 分光範囲 | 300 〜 1350 Å (分解能 30 Å) |
| 画像パスバンド | 1050–1260 Å / 1200–1550 Å |
| 視野角 | 撮像モード:20° / 分光モード:0.5x20° |
開発者と技術の継承
この画期的な装置を設計したのは、米国海軍研究室のジョージ・ロバート・キャルザース博士です。博士は1969年に短波長電磁放射検出用のイメージコンバーターで特許を取得しており、その功績から2012年には国家技術・イノベーション賞を授与されています。
また、UVCの予備機を改良した第2の望遠鏡は、後に宇宙ステーション「スカイラブ4号」に搭載されました。こちらは鏡面素材をレニウムからアルミニウム(Al)およびフッ化マグネシウム(MgF2)に変更し、軌道上での運用に最適化されました。この改良版は、コハウトク彗星の紫外線放射の研究などに活用されました。

Frequently Asked Questions
なぜ月面で紫外線観測を行う必要があったのですか?
地球の大気層は、宇宙から届く多くの紫外線(特に遠紫外線)を吸収してしまうため、地上からの観測が困難です。大気のない月面であれば、これらの光を直接、遮られることなく捉えることができるためです。
UVCで撮影された画像はどうやって地球に持ち帰ったのですか?
デジタル送信ではなく、物理的なフィルムカートリッジを使用して記録しました。宇宙飛行士がミッションの最後にこのカートリッジを回収し、地球へ持ち帰って現像処理を行いました。
ジョージ・キャルザース博士の功績は何ですか?
短波長の電磁放射を検出するイメージコンバーターを開発し、UVCのような高度な紫外線観測装置を実現させたことです。この技術的貢献により、国家技術・イノベーション賞を受賞しています。
スカイラブに搭載された望遠鏡とアポロ16号のものは何が違いましたか?
主な違いは鏡面の材質です。アポロ16号のものはレニウムを使用していましたが、スカイラブ版はアルミニウムとフッ化マグネシウムが使用され、軌道上での運用に合わせて最適化されていました。
UVCはどのような天体を撮影しましたか?
地球のオーロラや大気、大マゼラン雲、様々な星団や星雲など、合計11の異なるターゲットを撮影しました。
References
- "Experiment: Far UV Camera/Spectrograph". Astromaterials Research and Exploration Science. Archived from the original on 20 February 2013. Retrieved 1 May 2013.
- "Apollo 16 Lunar Module /ALSEP". NASA - NSSDCA. Retrieved 1 May 2013.
- "Apollo 16". NASA. Archived from the original on Jun 22, 2015. Retrieved 8 May 2013.
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- McKinney, Donna (2 April 2013). "NRL's Dr. George Carruthers Honored with National Medal of Technology and Innovation". U.S. Naval Research Laboratory. Archived from the original on 16 February 2013. Retrieved 3 May 2013.
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