アメリカ合衆国アリゾナ州の中西部に深く根ざしたヤバパイ族は、独自の言語と豊かな伝統を持つ先住民族です。彼らの名はモハベ語の「Enyaéva Pai」に由来し、「太陽の人々」という意味を持っています。かつては広大な土地を支配し、自然と共生しながら独自の社会を築いてきました。
現代では、連邦政府に認められた3つの部族(フォートマクドウェル・ヤバパイ・ネイション、キャンプベルデ保留地のヤバパイ・アパッチ・ネイション、ヤバパイ・プレスコット・インディアン部族)として、そのアイデンティティを継承しています。

Key Facts
- 名称の由来:モハベ語で「太陽の人々」を意味する。
- 言語:アップランド・ユマン語(ユマン語族)の3つの方言を使用。
- 歴史的領土:アリゾナ州中西部で約1,000万エーカーの広大な地域を管理していた。
- 現代の構成:3つの連邦認定部族に分かれて生活している。
- 文化的特徴:アパッチ族と密接な関係にあり、相互に文化や言語を影響し合ってきた。
起源と社会構造
ヤバパイ族の伝承では、現在のモンテズマ・ウェルにおいて、木またはトウモロコシの植物が地中から芽吹いたことで彼らがこの世に現れたとされています。一方、考古学的な視点では、コロラド川地域から東へ移動したパタヤン(ハカタヤ)系の人々が、西暦1300年頃に独立した集団として発展したと考えられています。

彼らの社会は、単一の中央政府を持つのではなく、地理的に分かれた4つの自律的なバンド(小部族)によって構成されていました。それぞれのバンドは親族関係や共通の文化で結ばれていましたが、外部との交易や同盟は独立して行っていました。
4つの主要バンド
- ケウェケパヤ(南東部):ベルデ川やソルト川沿いに居住。トント・アパッチ族などと深く交流し、言語も併用していた。
- トルケパヤ(西部):ハサイヤンパ川沿いに居住し、ケチャン族やモハベ族と強い絆を持っていた。
- ウィプケパ(北東部):オーククリーク・キャニオンなどに居住。「赤い岩の麓の人々」を意味する。
- ヤベペ(北西部):ブラッドショー山脈からアグア・フリア川にかけて居住。他部族の影響を最も受けにくかった「真のヤバパイ」とされる。

歴史的な変遷と苦難の時代
16世紀後半からスペイン人探検家との接触が始まり、彼らは額に十字を描いていたことから「クルサドス」と呼ばれました。その後、17世紀から18世紀にかけては、近隣部族との同盟や対立を繰り返しながら、家畜の飼育や農耕、金属製ツールの導入など、ヨーロッパ文化の要素を部分的に取り入れていきました。
しかし、19世紀に入るとアメリカ人入植者の増加により、激しい衝突が起こります。特に1860年代から始まった「ヤバパイ戦争(トント戦争)」は、彼らに甚大な被害をもたらしました。米軍による激しい攻撃と、その後の強制移住政策により、人口は激減しました。

特に悲劇的なのが、1875年の「涙の行進」と呼ばれるサンカルロス保留地への強制移住です。過酷な冬の移動により多くの命が失われ、わずか25年ほどの間に、1,500人いた人口が200人まで減少するという壊滅的な打撃を受けました。

文化と伝統的な生活様式
ヤバパイ族は、家族を中心とした小規模なグループで生活していました。これは、食料調達場所の規模が限られていたためです。季節に応じてキャンプ地を移動し、春にはサグアロの実を収穫し、冬には複数の家族が集まって共同生活を送っていました。

住居としては、地域の植物を利用したブラシ・シェルター(枝を組んだ簡易的な小屋)が用いられていました。

また、食生活においてはマンザニタのベリーなどの野生植物を活用していました。

精神文化においては、アパッチ族から伝わったとされる「サンライズ・ダンス(日の出の舞)」などの儀式を大切にしています。これは少女が成人へと移行する際の重要な通過儀礼であり、伝統的な歌や踊りを通じて、長寿と結びついた強力な精神的力が受け継がれると信じられています。
現代のヤバパイ族と権利の回復
20世紀に入ると、多くの人々が故郷であるベルデバレーなどへ戻り、現在の保留地が形成されました。彼らは土地の権利を守るために粘り強く闘い続けてきました。例えば1970年代には、保留地の大部分を水没させる計画だったオームダムの建設に対し、激しい反対運動を展開し、最終的に計画を撤回させることに成功しています。

現在、彼らは観光業や文化保存を通じて経済的な自立を図りながら、失われかけた言語や伝統の復興に取り組んでいます。

著名な人物
- ヴィオラ・ジムラ:北米先住民部族で初の女性首長となった人物。
- カルロス・モンテズマ:医師であり、先住民の権利を訴えた活動家。
- クリントン・パッテア:インディアン・ゲーミング(カジノ運営等)の推進者。

ヤバパイ族の概要まとめ
| 項目 | 詳細内容 |
|---|---|
| 主要言語 | アップランド・ユマン語(ユマン語族)、英語 |
| 宗教 | 伝統的な先住民信仰、キリスト教 |
| 主要な保留地 | フォートマクドウェル、キャンプベルデ、プレスコット |
| 歴史的関係 | アパッチ族、ハバスパイ族、フアラパイ族、モハベ族 |
| 人口(1992年) | 約1,550人 |
Frequently Asked Questions
ヤバパイ族とアパッチ族の違いは何ですか?
言語的にヤバパイ族はユマン語族に属し、アパッチ族はアサバスカ語族に属するため、本来は異なるルーツを持ちます。しかし、歴史的に密接に共生し、通婚や文化交流が盛んだったため、外部からは「トント・アパッチ」として一括りにされることが多くありました。
「太陽の人々」という名前はどういう意味ですか?
モハベ語の「Enyaéva Pai」という言葉に由来しており、彼らのアイデンティティを象徴する名称として受け継がれています。
彼らが経験した「涙の行進」とは何ですか?
1875年にキャンプベルデ保留地からサンカルロス保留地まで、約180マイル(約290km)にわたって強制的に移動させられた出来事です。冬の過酷な環境下での行軍により、非常に多くの人々が命を落としました。
現代のヤバパイ族はどこに住んでいますか?
主にアリゾナ州の3つの連邦認定保留地(フォートマクドウェル、ヤバパイ・アパッチ、ヤバパイ・プレスコット)に居住していますが、保留地外で生活している人々も多く存在します。
ヤバパイ族の伝統的な住居はどのようなものでしたか?
地域の植物や枝を組み合わせて作った「ブラシ・シェルター」と呼ばれる簡易的な小屋に住んでいました。これは移動の多い生活様式に適した構造でした。
References
- Pritzker, A Native American Encyclopedia: History, Culture, and Peoples, p. 103
- Salzmann, p. 58
- Braatz, Surviving Conquest, p. 27.
- Hodge, Frederick Webb (1968). Handbook of American Indians North of Mexico. Scholarly Press. p. 994.
- Utley, p. 255
- Jones, p.79
- Mithun (1999) p. 578.
- Ruland Thorne, p. 2
- Swanton, p. 368
- Braatz, Surviving Conquest, p. 45
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