イギリスの街角や駅、空港で必ずと言っていいほど目にするWHSmith。18世紀末の小さなニューススタンドから始まり、現在は世界的なトラベルリテール(旅行者向け小売)企業へと変貌を遂げたこの企業の歩みは、イギリスの小売業の歴史そのものと言っても過言ではありません。
Key Facts
- 創業: 1792年にヘンリー・ウォルトン・スミス夫妻がロンドンでニューススタンドを開店。
- 革新: 1966年に書籍管理のための9桁コード(SBN)を開発し、後のISBNの基礎を築いた。
- 戦略転換: 2025年にハイストリート(商店街)事業を売却し、収益性の高いトラベルリテールへ完全移行。
- グローバル展開: 米国の空港電子機器小売店InMotionの買収などを通じ、北米市場へ進出。
創業から鉄道ブームへの適応
WHSmithの原点は、1792年にロンドンのリトル・グロブナー・ストリートで始まったニュース販売業にあります。創業者のヘンリー・ウォルトン・スミスと妻アンナの没後、事業は末息子のウィリアム・ヘンリー・スミスに引き継がれました。1846年には、その息子(同名)がパートナーに加わり「W. H. Smith & Son」として体制を整えます。
同社が飛躍的な成長を遂げたのは、19世紀の鉄道ブームを捉えたことでした。1848年にユーストン駅にニューススタンドを開設したことを皮切りに、バーミンガミンガムやマンチェスター、リバプールなどの主要都市へ拠点を拡大。さらに、1860年から1961年まで循環図書館サービスを運営し、出版事業にも着手するなど、多角的な情報提供プラットフォームとしての地位を確立しました。

企業形態の変化と業界への貢献
20世紀に入ると、同社は家族経営から株式会社へと移行します。1948年には、多額の相続税への対応として公開持株会社となり、従業員や一般市民に株式が販売されました。これにより、スミス家による支配体制は徐々に弱まり、1996年には最後の家族メンバーが取締役会を離れました。
また、WHSmithは出版業界に革命的な影響を与えました。1960年代、デジタル在庫管理への移行期に、アイルランドの統計学者ゴードン・フォスターをコンサルタントとして起用。1966年に開発された9桁の書籍識別コード「SBN(Standard Book Numbering)」は、1970年にISO 2108として採用され、現在の世界共通規格であるISBNへと発展しました。

多角化戦略とブランドの刷新
1970年代、同社は「WHSmith」へと社名を変更し、オレンジとブラウンを基調とした六角形のロゴを導入しました。この新しいコーポレートアイデンティティは、店舗デザインからスタッフの制服、包装紙に至るまで厳格に適用されました。

事業展開も加速し、旅行代理店(WH Smith Travel)やDIYショップ(Do It All)、音楽小売チェーン(Our Price)などを次々と展開・買収しました。1989年にはWaterstone'sを買収し、1998年には競合であったジョン・メンジーズの小売店舗を譲り受けることで、特にスコットランド市場での支配力を強めました。

苦境と構造改革:コアビジネスへの回帰
しかし、専門書店や音楽店、そして大型スーパーマーケットとの激しい競争により、小売部門は業績悪化に直面します。2004年には買収提案を受けるも、年金基金の不足により断念。これを機に、海外子会社や出版事業(Hodder Headline)を売却し、経営資源をコア事業に集中させる方針に転換しました。
2006年には、小売部門(WH Smith plc)と新聞・雑誌配送部門(Smiths News plc)を分離。その後、オンライングリーティングカードのFunky Pigeonや、専門ペン販売のCult Pensなどを買収し、ポートフォリオの再構築を図りました。

近年の論争とガバナンスの課題
成長の一方で、同社はいくつかの社会的な批判にさらされました。空港店舗でのVAT(付加価値税)還付を顧客に還元していなかった問題や、病院内店舗での不適切な高価格設定、さらには最低賃金法の違反(ユニフォーム規定の誤解による未払い)などが報じられました。
また、2023年にはリブランディングの一環として、一部店舗で「Smith」を省いた「WHS」というロゴを試験的に導入しましたが、企業の信頼性とガバナンスに関する課題は依然として残りました。

トラベルリテールへの完全移行と未来
2025年、WHSmithは歴史的な転換点を迎えました。収益の85%を占めるようになった空港、駅、港、病院などの「トラベルリテール」に特化するため、約500店舗を抱えるハイストリート事業をModella Capitalに売却。これらの店舗は「TGJones」へとリブランドされました。
一方で、北米市場への攻勢を強め、ニューヨークのJFK国際空港への出店などを進めています。しかし、北米事業の利益予測の過大計上という深刻な不祥事が発覚し、株価の急落とCEOの辞任という混乱に見舞われました。現在は新体制の下で、グローバルなトラベルリテール企業としての再建と成長を目指しています。
| 時代 | 主要戦略・出来事 | 主な形態・ブランド |
|---|---|---|
| 18世紀末〜19世紀 | 鉄道ブームへの適応と拠点拡大 | W. H. Smith & Son |
| 20世紀半ば | 株式会社化とISBNの基礎開発 | 公開持株会社 |
| 1970年代〜1990年代 | 多角化(DIY、音楽、旅行代理店) | WHSmith(新ロゴ導入) |
| 2000年代〜2010年代 | 構造改革と配送部門の分離 | WH Smith plc |
| 2020年代〜現在 | ハイストリート撤退、トラベルリテール特化 | WHS / トラベルリテール専門 |
Frequently Asked Questions
ISBNはどのようにして生まれたのですか?
1960年代にWHSmithが書籍管理の効率化を目指し、統計学者ゴードン・フォスターを起用して開発した9桁のコード「SBN」が原型となりました。これが後に国際規格(ISO 2108)となり、現在のISBNへと発展しました。
なぜハイストリート(商店街)の店舗を売却したのですか?
専門チェーン店や大型スーパーとの競争激化により、商店街店舗の収益性が低下したためです。一方で、空港や駅などのトラベルリテール部門は非常に高い収益性を維持していたため、経営資源をそこに集中させる戦略を採りました。
「TGJones」とは何ですか?
2025年にWHSmithがModella Capitalへ売却したハイストリート事業の店舗に適用された新しいブランド名です。旧WHSmithの商店街店舗の多くがこの名称に変更されました。
北米市場での不祥事の内容は何でしたか?
北米事業における利益予測が約3,000万ポンド過大に計上されていたことが判明しました。調査の結果、目標達成を重視しすぎる企業文化と、グループによる財務プロセスへの監視不足が原因であると結論付けられました。
現在、WHSmithはどのような店舗を運営していますか?
主に空港、鉄道駅、港湾、病院、高速道路サービスエリアなどのトラベルリテール拠点に特化して運営しています。また、米国や欧州などの海外市場でも展開を広げています。
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