ウォルト・ディズニー・スタジオの歴史において、欠かすことのできない伝説的なアニメーターたちが存在します。その中でも、類まれなる創造性と多才さで知られたのがウォード・キンボールです。彼は、ディズニーのメインアニメーターチームである「ナイン・オールドメン(9人の老人)」の一員として、数々の名作に命を吹き込みました。
単なるアニメーターに留まらず、音楽家や鉄道愛好家としても情熱を注いだ彼の人生は、まさに好奇心に満ちた芸術家の歩みでした。本記事では、彼がディズニー映画に残した足跡と、その多彩な私生活について詳しく解説します。
Key Facts
- ディズニーの伝説: 中心的なアニメーター集団「ナイン・オールドメン」の一員。
- 代表的なキャラクター: 『ピノキオ』のジミニークリケットや『ダンボ』のカラスたちをデザイン。
- 受賞歴: アカデミー短編アニメ映画賞を2度受賞。
- 多才な活動: ジャズ・トロンボーン奏者としてバンドを率い、熱狂的な鉄道模型コレクターでもあった。
- 科学への貢献: 宇宙探査に関するテレビ番組を制作し、一般の宇宙飛行への関心を高めた。
アニメーション界への登竜門とキャリアの飛躍
キンボールはもともと画家やイラストレーターを目指し、サンタバーバラ芸術学校で学びました。そこで指導教官からディズニー社への応募を勧められたことが転機となり、1934年に20歳で入社します。当初は「インビトウィーナー(中割りアニメーター)」としてキャリアをスタートさせましたが、その才能が認められ、すぐにアシスタント、そして独立したアニメーターへと昇進しました。
初期の活躍は『シリー・シンフォニー』シリーズやミッキーマウスの短編作品に集中しており、1937年の『ウッドランド・カフェ』では、音楽家となったバッタのキャラクターを一人で担当し、その個性を発揮しました。
キャラクターデザインの革新
『白雪姫』の成功後、彼はスーパーバイジング・アニメーター(作画監督)という重要な役職に就きます。ウォルト・ディズニーから絶大な信頼を寄せられていた彼は、『ピノキオ』に登場する案内役のジミニークリケットのデザインを任されました。完成までに10回以上の試作を重ねたこのキャラクターは、今やディズニーの象徴的な存在となっています。
また、『ダンボ』に登場するカラスたちにおいても、一人ひとりに異なる外見と性格を持たせることで、群像劇としての深みを与えました。彼のスタイルは、キャラクターに強い個性を与え、物語を動かす力を持っていたことが特徴です。

名作映画への貢献と技術的挑戦
キンボールは数多くの長編映画で監督や作画監督を務めました。『ファンタジア』や『三人のカバジェロス』などの作品に携わり、特に後者は彼のキャリアにおける最高傑作の一つと評されています。また、『シンデレラ』ではネズミのジャックとガス、そして飼い猫のルシファーを、『不思議の国のアリス』ではチェシャ猫やマッドハッターなどの奇抜なキャラクターを担当しました。
短編映画においても革新的な試みを行っており、1953年の『メロディ』ではスタジオ初の3Dアニメーションに挑戦し、『トゥート・ホイッスル・プランク・アンド・ブーム』では初のワイドスクリーン(シネマスコープ)作品を制作してアカデミー賞を受賞しました。
アニメーション以外の多彩な顔
宇宙への情熱と教育番組
1950年代、ディズニーがテレビ放送へ注力し始めると、キンボールは宇宙探査をテーマにしたドキュメンタリー番組の執筆と演出を手掛けました。航空宇宙エンジニアのヴェルナー・フォン・ブラウンなどの専門家を招き、『Man in Space』などの番組を制作。これらは当時の大衆が宇宙飛行に興味を持つ大きなきっかけとなりました。
ジャズ・ミュージシャンとしての活動
彼は優れたトロンボーン奏者でもあり、「Firehouse Five Plus Two」というディキシーランド・ジャズバンドを結成してリーダーを務めました。1940年代から70年代にかけて、多くのアルバムをリリースし、全米のクラブやフェスティバルで演奏活動を行いました。ウォルト・ディズニーはこの活動を、仕事に支障が出ない限り認めていたといいます。
鉄道模型への深い愛
キンボールのもう一つの大きな情熱が鉄道でした。彼は熱心な鉄道模型コレクターであり、「Train Collectors Association」の会長も務めました。また、ユタ州のゴールデンスパイク国立歴史サイトにある蒸気機関車のレプリカ制作において、色彩の考証や塗装のアートワークを担当するなど、その専門知識を公的な保存活動にも役立てました。


ウォード・キンボールの足跡まとめ
| カテゴリー | 詳細・代表作 |
|---|---|
| 主な役職 | ディズニー・ナイン・オールドメン、作画監督、演出家 |
| 代表キャラクター | ジミニークリケット、チェシャ猫、ジャックとガス |
| 受賞歴 | アカデミー短編アニメ映画賞(2回) |
| 音楽活動 | Firehouse Five Plus Two(トロンボーン奏者) |
| 趣味・専門 | 鉄道模型(TCA元会長)、宇宙科学 |
Frequently Asked Questions
「ナイン・オールドメン」とは何ですか?
ウォルト・ディズニーが信頼を置いた、スタジオの黄金期を支えた9人の中心的なアニメーターたちの総称です。彼らはアニメーションの基本原則を確立し、ディズニー映画のスタイルを決定づけました。
ジミニークリケットのデザインに苦労したというのは本当ですか?
はい。キンボールは完成までに12回から14回の草案を作成しました。後にインタビューで、あらゆる方向を向くあの楕円形の頭を描き続けることに飽き飽きしたと語っています。
アニメーション以外にどのような仕事をしていましたか?
宇宙探査に関するテレビ番組の監督や脚本、実写映画『おもちゃの国』の脚本、そしてバラエティ番組『マウス・ファクトリー』の演出など、幅広く活動していました。
彼の鉄道への情熱はどのように形に残っていますか?
鉄道模型協会の活動への貢献に加え、彼が亡くなった後、ディズニーランド鉄道の機関車5号機に「ウォード・キンボール」という名前が付けられ、その功績が称えられています。
どのような音楽ジャンルに携わっていましたか?
ディキシーランド・ジャズに傾倒しており、自身が結成した7人編成のバンドでトロンボーンを演奏し、多くのレコードを制作しました。
References
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- Art Afterpieces,
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