アメリカのモンタナ州に位置するバージニアシティは、かつてのゴールドラッシュの熱狂と、西部開拓時代の光と影を今に伝える貴重な場所です。19世紀半ばに突如として現れたこの町は、一時は州の政治的中心地として栄え、その後は静かなゴーストタウンへと姿を変えましたが、現在は歴史的な屋外博物館として多くの人々を魅了しています。

Key Facts

  • 起源: 1863年5月、ビル・フェアウェザーとヘンリー・エドガーによる金発見がきっかけで誕生。
  • 政治的役割: 1865年から1875年までモンタナ準州の州都として機能した。
  • 治安の混乱: 法執行機関の不在により「ロードエージェント」と呼ばれる強盗が横行し、自警団(ヴィジランテ)による処刑が行われた。
  • 保存活動: 1950年代にチャールズとスー・ボビー夫妻による復元作業が始まり、現在はモンタナ・ヘリテージ委員会が管理。
  • 認定: 1962年に国家歴史登録財(National Historic Landmark)に指定。

黄金の発見と町の誕生

バージニアシティの歴史は、1863年5月26日にアルダークリーク付近で金が発見されたことから始まります。発見者のビル・フェアウェザーとヘンリー・エドガーのニュースは瞬く間に広まり、多くの探鉱者が押し寄せました。混乱を避けるため、個人の採掘権を定める鉱区が設定され、同年6月16日には金鉱場の南に「ヴェリナ(Verina)」という町が建設されました。

もともとこの地に入植した人々は、南北戦争における南部連合への忠誠心が強く、当時の南部連合大統領夫人ヴァリナ・ハウエル・デイビスにちなんで命名しました。しかし、コネチカット州出身のG.G.ビッセル判事がこの名称に異議を唱えたため、正式には「バージニアシティ」として記録されることとなりました。

Virginia City from Alder Gulch in the late 1890s, by Charles Roscoe Savage

無法地帯と自警団の時代

急速に人口が増加したバージニアシティでしたが、当時のアイダホ準州(後のモンタナ州)には法執行機関や司法制度がほとんど存在せず、鉱夫たちによる簡易的な裁判所があるのみでした。この法的な空白地帯と、輸送される莫大な富が、凶悪な犯罪を誘発しました。

特に街道沿いで強盗や殺人を繰り返した「ロードエージェント」と呼ばれる集団が猛威を振るい、1863年から1864年にかけて約100人の犠牲者を出したと言われています。これに対抗して結成されたのが「アルダーガルチ自警委員会」および「モンタナ・ヴィジランテ」です。彼らは独自の正義に基づき、バナックの保安官ヘンリー・プラマーを含む約15人の強盗を絞首刑に処しました。

準州都としての発展と衰退

1864年5月26日、エイブラハム・リンカーン大統領の署名によりモンタナ準州が設立されました。当初の州都はバナックでしたが、1865年2月7日にバージニアシティへと移転し、1875年にヘレナへ移るまで政治の中心地となりました。この時期、モンタナ州初の新聞である「モンタナ・ポスト」の発行や、1866年には州初の公立学校が設立されるなど、文化的な発展も見られました。

Thomas Francis Meagher House, Virginia City

しかし、1880年代に入ると容易に採取できる砂金(プラサーゴールド)が底をつき、人口は減少に転じます。1930年代には通貨政策の影響で一時的に金採掘が再開されましたが、1942年に国家戦争労働委員会が金採掘を事実上禁止したことで、産業は完全に停止しました。多くの建物が放棄され、建築資材として解体される危機に瀕しました。

Gilbert Brewery, Wallace Street, Virginia City, founded in 1866 by Henry S. Gilbert (1833–1902)[15]

現代への継承と観光資源としての再生

崩壊しつつあった町を救ったのは、チャールズとスー・ボビー夫妻でした。彼らは1950年代から建物を買い取り、修復作業を行うことで、町を「生きた歴史」を体験できる屋外博物館へと変貌させました。現在も、1900年以前に建てられた構造物が数多く残っており、当時の様子を伝える展示パネルや、現役のレストラン、ギフトショップが共存しています。

現在はモンタナ・ヘリテージ委員会が管理を担い、国立公園局(NPS)の支援を受けて運営されています。観光客は金採掘体験や、狭軌のアルダーガルチ・ショートライン鉄道を利用して近隣のネバダシティを訪れることができます。また、かつての自警団時代に処刑された強盗たちが眠る「ブートヒル墓地」も、歴史の証人として保存されています。

バージニアシティの歴史的変遷まとめ
時代 主な出来事 状況
1863年 金発見と町の設立 急激な人口増加とゴールドラッシュ
1863年〜1864年 自警団(ヴィジランテ)の活動 ロードエージェントによる犯罪と処刑
1865年〜1875年 モンタナ準州都として機能 政治・教育・メディアの拠点化
1880年代〜1940年代 産業の衰退と放棄 金鉱脈の枯渇によるゴーストタウン
1950年代〜現在 歴史保存と観光地化 屋外博物館としての再生と国家歴史登録財指定

映画のロケ地として

その保存状態の良い西部開拓時代の街並みは、映画界からも注目されてきました。1970年の『リトル・ビッグ・マン』では、ランドマークである「ベイル・オブ・ヘイ・サルーン」でバーのシーンが撮影されました。また、『ミズーリ・ブレイクス』(1976年)やスティーヴン・セガールの『パトリオット』(1998年)の一部も、この町で撮影されています。

Frequently Asked Questions

バージニアシティという名前の由来は何ですか?

もともとは南部連合のファーストレディであるヴァリナ・ハウエル・デイビスに敬意を表して「ヴェリナ」と名付けられましたが、コネチカット州の判事が異議を唱えたため、「バージニアシティ」として登録されました。

「ロードエージェント」とはどのような人々でしたか?

ゴールドラッシュ時代の混乱に乗じ、街道沿いで強盗や殺人を繰り返した犯罪集団のことです。法執行機関が不在だったため、彼らは地域に大きな恐怖を与えました。

自警団(ヴィジランテ)はなぜ結成されたのですか?

公的な司法制度や警察が存在しなかったため、住民たちが自らの身を守り、ロードエージェントなどの犯罪者を処罰するために結成されました。

現在は誰がこの町を管理しているのですか?

モンタナ州政府が買い取った歴史的建造物を中心に、現在はモンタナ・ヘリテージ委員会が国立公園局(NPS)の技術的・財政的支援を受けて運営しています。

観光客が体験できるアクティビティはありますか?

金採掘(ゴールドパンニング)体験や、ネバダシティへと向かう狭軌鉄道の乗車、歴史的な博物館や音楽ホールの見学などが楽しめます。