アメリカ文学の巨匠トニ・モリスンが1981年に発表した『ター・ベビー(Tar Baby)』は、人種、階級、そして自己のアイデンティティという複雑なテーマを鮮やかに描き出した作品です。彼女の4作目となる本作は、単なる社会写実主義的な物語にとどまらず、象徴的な手法を用いて黒人女性の在り方や人種間の葛藤を深く掘り下げています。
Key Facts
- 著者:トニ・モリスン(Toni Morrison)
- 出版年:1981年3月12日
- ジャンル:アフリカ系アメリカ文学
- 主要テーマ:人種関係、黒人女性のアイデンティティ、社会的妥協
- 物語の舞台:カリブ海の島およびアメリカ合衆国
物語のあらすじと対立構造
物語の中心となるのは、全く異なる背景を持つ二人の黒人、ジャディーンとソンの恋愛模様です。ジャディーンはソルボンヌ大学を卒業した才女であり、ファッションモデルとしても活躍しています。彼女は、親戚が家事奉公人として仕える白人の富豪「ストリート家」の支援を受けており、特権的な生活を享受していました。
そこに現れたのが、強い意志を持つ貧しい男、ソンです。彼はカリブ海の島にあるストリート家の屋敷に流れ着き、ジャディーンと惹かれ合います。しかし、二人の関係が深まるにつれ、屋敷を支配していた幻想や、互いを欺いていた偽りの調和が崩れ始めます。
やがて二人は、自分たちが真に居場所と感じられる場所を求めてアメリカへと戻りますが、そこで直面したのは、それぞれの故郷に潜む「毒」とも言える過酷な現実でした。彼らの葛藤を通じて、誠実に生き、愛することを求める黒人アメリカ人が直面する苦悩と妥協が浮き彫りにされます。
タイトルの意味と象徴性
「ター・ベビー(Tar Baby)」という言葉には、多層的な意味が込められています。モリスンはインタビューの中で、これがかつて白人が黒人の子供や少女を呼ぶ際に使われた言葉であったことに触れています。
一方で、彼女は「タール(天然アスファルト)」が持つ建設的な側面に注目しました。タールはかつてピラミッドやモーセの舟の建設に使われたように、物事を繋ぎ止める重要な素材でした。ここから、モリスンは「ター・ベビー」を、バラバラになりそうな物事を繋ぎ止める役割を担わされた黒人女性の象徴として定義しています。
批評家による評価
本作は出版当時から、その卓越した文体と構成力が絶賛されました。『カーカス・レビュー』誌は、ドラムの打撃のように鋭い対話と、神話的かつアニミズム的な想像力に満ちた散文を高く評価しています。また、人種関係や女性のアイデンティティという重いテーマを、軽やかに、かつ力強く描き出した点に注目しました。
作家のジョン・アーヴィングはニューヨーク・タイムズ紙への寄稿の中で、多くの黒人文学や女性文学が陥りがちな「社会写実主義」の枠を超えたことを賞賛しました。人種や女性というテーマを象徴的に昇華させた点こそが、本作の最大の達成であると述べています。
作品詳細データ
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 出版社 | Alfred A. Knopf Inc. |
| ページ数 | 320ページ |
| ISBN | 0-394-42329-1 |
| 前作 / 次作 | 『ソロモンの方舟』 / 『ビラヴド』 |
| 言語 | 英語 |
Frequently Asked Questions
『ター・ベビー』の主なテーマは何ですか?
主に、人種間の複雑な関係性、黒人女性のアイデンティティの模索、そして社会的な特権と誠実さの間で揺れ動く人間の葛藤がテーマとなっています。
タイトルの「ター・ベビー」にはどのような意味がありますか?
歴史的に黒人への蔑称として使われた側面がある一方で、著者のモリスンは、物事を繋ぎ止めるタールの性質になぞらえ、「周囲をまとめ上げる役割を担う黒人女性」という象徴的な意味を持たせています。
物語の舞台はどこですか?
物語の前半はカリブ海の島にある富裕な白人家庭の屋敷で展開し、後半では登場人物たちが自分たちのルーツを探してアメリカ合衆国へと戻ります。
この作品は他のトニ・モリスン作品とどう異なりますか?
批評家によれば、単なる社会的な現実の描写(社会写実主義)にとどまらず、人種やジェンダーの問題を象徴的・神話的に描き出した点が特徴的であるとされています。
ジャディーンとソンの関係はどう変化しますか?
当初は惹かれ合い、互いの世界を広げ合いますが、次第にそれぞれの背景にある価値観や、故郷が持つ負の側面が露呈し、理想と現実の狭間で激しく葛藤することになります。
References
- "Tar Baby". Kirkus. March 1, 1981. Retrieved July 19, 2021.
- John Irving, "Morrison's Black Fable", The New York Times (Books), March 29, 1981.