ノーベル文学賞作家トニ・モリスンによる短編小説『レシタティーフ(Recitatif)』は、読者の固定観念に鋭く切り込む挑戦的な作品です。1983年にアンソロジー『Confirmation: An Anthology of African American Women』で発表され、2022年には単行本として再刊されました。本作の最大の特徴は、登場人物の人種を意図的に伏せている点にあります。
物語は、異なる人種を持つ二人の女性、トワイラとロベルタの出会いと再会を軸に展開します。しかし、どちらが黒人でどちらが白人であるかは最後まで明示されません。モリスンはこの手法を通じて、私たちが無意識に抱いている人種的なステレオタイプや偏見を浮き彫りにしようと試みました。
Key Facts
- 人種の曖昧さ: 主人公二人の人種が特定されておらず、読者の先入観を誘う構造になっている。
- タイトルの意味: 「レシタティーフ」とはオペラなどで歌と語りの中間に位置する叙唱のことであり、物語の断片的な構成を暗示している。
- 時代背景: 1950年代の隔離時代から1980年代のレーガン政権期まで、米国の社会変動を背景としている。
- テーマの多層性: 人種だけでなく、階級格差や心身の障害、親との複雑な関係性が描かれている。
物語の構造と歴史的背景
本作は、アメリカ社会における人種緊張が高まった3つの異なる時代を舞台に、5つのエピソードで構成されています。語り手はトワイラであり、彼女の視点から過去と現在が断続的に描かれます。
時代ごとの社会的文脈
- 1950年代: ジム・クロウ法による人種隔離が色濃く、ブラウン判決後の教育現場での混乱や公民権運動の胎動があった時代。
- 1960年代: 1964年の公民権法制定やマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の暗殺など、社会構造が激変した時代。
- 1980年代: ロナルド・レーガン大統領の時代。人種や偏見に関する問題が再び激化し、社会的な緊張が続いていた時期。
これらの歴史的転換点は、トワイラとロベルタの関係性に直接的な影響を与え、彼女たちの対立や和解の背景として機能しています。
再会を繰り返す二人の女性
物語は、幼少期に孤児院「セント・ボニーズ」で出会った二人の少女から始まります。母親の事情で施設に預けられた彼女たちは、境遇の似通った者同士として強く結びつきますが、同時に自分たちが「異なる人種である」ことを強く意識していました。
その後、彼女たちは大人になり、数回にわたって再会します。ある時はファストフード店で、ある時は高級スーパーマーケットで。再会するたびに、彼女たちの社会的な地位(階級)は対照的に描かれます。一方は中産階級、もう一方は富裕層として現れますが、その格差が人種的なアイデンティティと複雑に絡み合い、時に激しい衝突を引き起こします。
特に、学校の統合を巡る抗議活動の場面では、かつての友情は消え、互いを「偏見を持つ人間」として非難し合うまでになります。しかし、最終的に彼女たちは、自分たちが抱えていた孤独や、母親への複雑な感情という共通点に立ち返ることになります。
深掘りされるテーマ:人種と障害
人種という「社会的構築物」
モリスンは、人種的なコードを意図的に排除することで、人種とは本質的なものではなく、社会的なレッテルや個人の思い込みによって作られるものであることを示しました。読者は、登場人物の言動や環境から「どちらが黒人か」を推測しようとしますが、そのプロセスこそが、読者自身の内にある偏見を鏡のように映し出します。
不可視化される障害
本作では人種と同様に、「障害」も重要なテーマです。施設で働いていた口のきけない女性マギーは、身体的・精神的な弱さを象徴する存在として描かれます。トワイラとロベルタは、幼い頃にマギーを嘲笑し、あるいは攻撃的な感情を向けました。これは、彼女たちが自分たちの母親(精神的な不調を抱えていたとされる)への怒りや無力感を、より弱い立場にあるマギーに転嫁していたことを示唆しています。
登場人物の相関まとめ
| 人物名 | 役割・特徴 | 象徴するもの |
|---|---|---|
| トワイラ | 物語の語り手。中産階級の女性。 | 記憶の不確かさと成長 |
| ロベルタ | トワイラの友人。富裕層の女性。 | アイデンティティの葛藤 |
| マギー | 施設で働く障害を持つ女性。 | 社会的弱者への偏見と投影 |
| メアリー | トワイラの母。奔放でネグレクト気味。 | 親への愛憎と精神的不安定 |
| ロベルタの母 | 病気で娘を施設に預けた女性。 | 家族の喪失とケアの欠如 |
Frequently Asked Questions
なぜ登場人物の人種が明かされないのですか?
読者が無意識に持っている人種的なステレオタイプを表面化させるためです。人種という情報をあえて消すことで、私たちがどのように「人種」を判断し、それに根ざした偏見を抱いているかを自覚させる文学的装置となっています。
タイトルの「レシタティーフ」にはどのような意味がありますか?
音楽用語で、歌と話し言葉の中間に位置する叙唱を指します。これは、物語が直線的なストーリーではなく、人生の断片的なエピソード(叙唱的な場面)が積み重なって構成されている形式を象徴しています。
マギーというキャラクターは何を象徴していますか?
マギーは、人種や障害によって社会的に疎外された人々を象徴しています。また、主人公たちが自分たちの母親に抱いていた「弱さへの嫌悪」や「コントロールできない状況への怒り」をぶつける対象としても描かれています。
物語の結末が曖昧なのはなぜですか?
人種や記憶、そして人間関係の複雑さは、単純な答えが出せるものではないからです。解決ではなく「未解決のまま終わる」ことで、読者に問いを投げかけ、思考を促す意図があると考えられます。
この作品はいつ、どのようにして書かれたのですか?
もともとは映画の脚本として企画されましたが、出演予定だった俳優たちが脚本に不満を示したため、最終的に短編小説として形になりました。1983年に初めて発表されました。
References
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