オーストラリアの豊かな自然に囲まれたタルビンゴは、かつての牧畜地から近代的な水力発電計画の拠点へと劇的な変化を遂げた町です。19世紀半ばの開拓時代から、地域の景観を一変させた大規模プロジェクトまで、この地の歩みは地域の発展と犠牲の歴史を物語っています。
主要な事実(Key Facts)
- 1850年: ウィリアム・ブリッドルにより、約4,000ヘクタール(10,000エーカー)の広大な敷地を持つ「タルビンゴ・ラン」が設立。
- 文学的ゆかり: 作家マイルズ・フランクリンの生誕地であり、彼女の親族であるランプ家が1940年代まで所有していた。
- 町の移転: スノーウィー山脈水力発電計画に伴い、旧市街地が水没したため、町全体を移転。
- ジョウナマダム: 1968年に完成したロックフィルダム(岩石を詰め土として利用したダム)であり、これによりジョウナマ貯水池が形成された。
開拓時代から地域コミュニティの形成まで
タルビンゴの歴史は、1850年にウィリアム・ブリッドルが設立した広大な牧畜地「タルビンゴ・ラン」から始まります。その後、地域社会としての基盤が整い、1898年6月6日には郵便局が開設されました。この郵便局は1913年に一度閉鎖されましたが、後に町の再編を経て1965年に新たな場所で再開しています。
かつてのタルビンゴは、ホテルや駅、本邸(ホームステッド)を中心に、サービスステーションや休暇用のコテージが点在する静かな集落でした。また、この地は著名な作家マイルズ・フランクリンの出生地としても知られており、彼女の親族であるランプ家が1940年代までこの地を所有していました。
スノーウィー山脈計画と町の再編
20世紀後半、オーストラリアの国家プロジェクトであるスノーウィー山脈水力発電計画(Snowy Mountains Hydro-Electric Scheme)が始動し、タルビンゴの運命は大きく変わりました。この計画の一環として、1968年にジョウナマダムが完成しました。
ダムの建設によって形成されたジョウナマ貯水池は、かつての歴史的な谷と旧タルビンゴの市街地を飲み込みました。この水没により、マイルズ・フランクリンの生誕地や当時のホテルを含む地域が失われましたが、影響を受けた住民は5家族と少数でした。現在のタルビンゴの町は、この貯水池のほとりに新しく建設され、近代的な姿へと生まれ変わっています。
ジョウナマダムの技術的仕様
ジョウナマダムは、岩石を主材料としたロックフィル構造を採用しており、その規模は以下の通りです。
| 項目 | 詳細数値 |
|---|---|
| ダムの高さ | 43.9メートル |
| 堤頂長(頂部の長さ) | 518.2メートル |
| 堤体積(盛り土の量) | 554,500立方メートル |
| 完成年 | 1968年 |
よくある質問(Frequently Asked Questions)
タルビンゴの町が移転した理由は何ですか?
スノーウィー山脈水力発電計画の一環としてジョウナマダムが建設され、旧市街地を含む谷が水没したため、町を現在の場所へ移転させる必要がありました。
マイルズ・フランクリンとタルビンゴにはどのような関係がありますか?
作家のマイルズ・フランクリンはタルビンゴ・ステーションで生まれました。この土地は1940年代まで彼女の親族であるランプ家が所有していました。
ジョウナマダムはどのような種類のダムですか?
岩石を積み上げて造る「ロックフィルダム」という形式のダムです。
ダム建設によってどれくらいの人が影響を受けましたか?
当時のタルビンゴは小規模な集落であったため、移転を余儀なくされたのは5家族のみでした。