水や空気のようなニュートン流体(粘性が一定の流体)の中を音が伝わる際、そのエネルギーは徐々に失われ、振幅が小さくなっていきます。この現象を数学的に記述したのが「ストークスの法則」です。1845年にアングロ・アイリッシュの物理学者G.G.ストークスによって提唱されたこの理論は、流体の粘性がどのように音波の減衰に関与するかを明らかにしました。
音波が伝播すると、流体内部の摩擦(粘性)によって音響エネルギーが熱エネルギーへと変換されます。その結果、平面波の振幅は距離に応じて指数関数的に減少します。また、この減衰プロセスは音響分散を伴い、周波数によって音速が異なるという特性が現れます。
Key Facts
- 減衰の要因: 主に流体の粘性によって音波の振幅が指数関数的に減少する。
- 周波数依存性: 減衰率 $\alpha$ は、音波の角周波数の2乗($\omega^2$)に比例して増大する。
- 影響因子: 流体の密度、音速、および動的粘性係数が減衰の程度を決定する。
- 拡張理論: 熱伝導の影響を考慮したキルヒホッフの一般化や、高周波域での緩和時間の概念が存在する。
音波減衰の基本原理と数式
均質で等方的なニュートン流体中を伝わる正弦波を想定します。ある地点での振幅を $A_0$ とすると、距離 $d$ だけ進んだ後の振幅 $A(d)$ は以下の式で表されます。
$A(d) = A_0 e^{-\alpha d}$
ここで $\alpha$ は減衰係数と呼ばれ、単位は $\text{m}^{-1}$(またはネパー/メートル)で表されます。例えば $\alpha = 1 \text{m}^{-1}$ の場合、波が1メートル進むごとに振幅は $1/e$ に減少することを意味します。ストークスが導き出した基本的な減衰係数の式は以下の通りです。
$\alpha = \frac{2\eta \omega^2}{3\rho V^3}$
($\eta$: 動的粘性係数、$\omega$: 角周波数、$\rho$: 流体密度、$V$: 音速)
体積粘性の影響と高周波域での挙動
標準的なストークスの法則に加え、流体の圧縮性を無視できない場合(例:水中の超音波伝播)は、体積粘性 $\zeta$ の寄与を考慮する必要があります。体積粘性を加味した修正式では、減衰係数は $\alpha = \frac{(4/3\eta + \zeta)\omega^2}{2\rho V^3}$ となり、より正確な解析が可能になります。なお、15℃の水における体積粘性は 3.09 centipoise です。
さらに、極めて高い周波数領域では、単純な2乗比例ではなく緩和時間 $\tau$ を導入した近似式が用いられます。緩和時間とは、系が平衡状態に戻るまでの時間を指し、水の場合は約 $2.0 \times 10^{-12}$ 秒(2ピコ秒)と非常に短いため、テラヘルツ(THz)帯のような超高周波領域でなければ、従来のストークスの法則で十分に近似可能です。

流体特性と音波減衰のまとめ
| パラメータ | 記号 | 物理的意味 | 減衰への影響 |
|---|---|---|---|
| 動的粘性係数 | $\eta$ | 流体のねばりけ(せん断粘性) | 高いほど減衰が激しくなる |
| 体積粘性係数 | $\zeta$ | 圧縮・膨張時の内部摩擦 | 超音波などの高周波で重要 |
| 角周波数 | $\omega$ | 音波の振動速度 | 周波数が高いほど急激に減衰する |
| 流体密度 | $\rho$ | 単位体積あたりの質量 | 分母に位置し、減衰率を抑制する |
Frequently Asked Questions
ストークスの法則における「減衰」とは具体的に何を指しますか?
音波が流体中を伝わる際、粘性による内部摩擦でエネルギーが熱に変わるため、波の振幅(音の大きさ)が距離に応じて指数関数的に小さくなることを指します。
なぜ高い周波数の音ほど消えやすいのですか?
ストークスの法則の数式が示す通り、減衰係数 $\alpha$ は周波数の2乗($\omega^2$)に比例します。そのため、高周波の音は低周波の音よりもはるかに速いペースでエネルギーを失います。
体積粘性はどのような時に考慮すべきですか?
水などの液体中で超音波を扱う場合など、流体の圧縮性の影響が無視できない状況で重要になります。通常の可聴域の音波では、動的粘性のみの考慮で十分な場合が多いです。
緩和時間 $\tau$ が影響を与えるのはどのようなケースですか?
テラヘルツ(THz)帯のような極めて高い周波数領域において影響が現れます。この領域では、従来のストークスの法則(低周波近似)が成立しなくなるため、緩和時間を組み込んだ一般式が必要となります。
キルヒホッフによる一般化とは何ですか?
ストークスが粘性のみに着目したのに対し、グスタフ・キルヒホッフは1868年に「熱伝導」によるエネルギー損失も考慮に入れた、より包括的な減衰理論を提案しました。
References
- 1 2 Stokes, G.G. "On the theories of the internal friction in fluids in motion, and of the equilibrium and motion of elastic solids", Transactions of the Cambridge Philosophical Society, vol.8, 22, pp. 287-342 (1845)
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