Sewell, Chile
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セウェル鉱山町アンデス山脈に刻まれた「階段の街」の記憶

🗓 2026年8月13日

チリのアンデス山脈、標高2,000メートルから2,250メートルの急峻な斜面に、かつて栄華を極めたユニークな街がありました。それが世界遺産にも登録されているセウェル(Sewell)です。世界最大の地下銅鉱山である「エル・テニエンテ」の運営を支えるために建設されたこの町は、その特異な構造と歴史から、今もなお訪れる人々を魅了し続けています。

Sewell, Chile

Key Facts

  • 世界遺産登録:2006年にユネスコ世界文化遺産に指定。
  • 最大人口:1960年のピーク時には約16,000人が居住。
  • 最大の特徴:急斜面に建てられたため車が通れず、「階段の街」として知られる。
  • 産業的背景:世界最大の地下銅鉱山「エル・テニエンテ」の拠点として発展。
  • 現在の状態:現在は無人となり、一部の建物が保存・復元された歴史的遺構となっている。

急斜面に築かれた「階段の街」の構造と生活

1906年にブレイデン・カッパー社によって設立されたセウェルは、社名の由来となったバートン・セウェルにちなんで名付けられました。この町の最大の特徴は、車両の通行が不可能なほど険しい地形に建設されたことです。そのため、住民は垂直に伸びる階段を上り下りして移動し、道路は冬の厳しい気象条件を考慮して未舗装のまま水平に走っていました。

生活基盤は機能的に分かれており、居住区である「プエブロ・フンディード」と、選鉱場や水力発電所などが集まる「エル・エスタブレシミエント」に分かれていました。物資の輸送は、近隣のランカグアを結ぶ狭軌鉄道(ナローゲージ)に完全に依存していました。この鉄道は標高差1,500メートルを克服し、全長72キロメートルにわたって敷設されました。

初期の住宅は男性労働者が共同で利用する「コレクティボス」でしたが、次第に家族向けの住宅も整備されました。街には映画館や商店、広場、遊び場などが設けられ、黄色や赤、青といった鮮やかな色に塗られた木造建築が立ち並ぶ、活気あるコミュニティが形成されていました。

繁栄と困難、そして衰退への道のり

セウェルは、1918年には12,000人、1960年には16,000人という人口を記録し、絶頂期を迎えました。しかし、その生活は常に自然の脅威と隣り合わせでした。地震や鉱山爆破による振動に加え、1944年8月には大規模な雪崩が発生し、102名が犠牲となる悲劇に見舞われました。

また、1945年6月には「煙の悲劇」と呼ばれる事故が発生しました。外部で起きた火災の煙が鉱山内に流入し、一酸化炭素中毒によって355名が死亡、747名が負傷するという惨事となりました。この出来事は、チリ政府がより厳格な安全規制を導入する大きな転換点となりました。

町の衰退は、所有構造の変化とともに始まりました。1967年にチリ政府が株式の過半数を取得し、1971年にはアジェンデ政権下で鉱山が国有化されました。その後、国営銅業会社(CODELCO)は、労働者の生活環境改善のため、住民を山麓の谷へと移住させました。通勤用の「銅のハイウェイ」が整備されたことで、山上の町に住む必要がなくなり、1980年代には多くの建物が取り壊されました。

歴史的価値の再発見と保存

一度は消えゆく運命にあったセウェルですが、その歴史的・建築的な希少性を評価する声が高まりました。1998年にはチリの国家記念物に指定され、1999年にはチリ建築家協会によって国内で最も重要な都市作品の一つに選出されました。

現在は、約50棟の建物が復元され、歴史博物館などが設置されています。一部の建物は今もCODELCOの事務所として利用されていますが、一般の個人車両による立ち入りは禁止されており、サンティアゴやランカグアからの認定ツアーを通じてのみ訪問が可能です。

セウェルの気候特性

標高が高いため、セウェルはケッペンの気候区分で「温暖夏地中海性気候(Csb)」に属します。夏は乾燥して穏やかであり、冬は寒冷で雨や雪が多く降るのが特徴です。年間の平均降水量は1,000ミリメートルを超え、特に5月から8月にかけて集中します。

セウェルの月別平均気象データ
項目 1月(夏) 7月(冬) 年平均
平均最高気温 (℃) 20.2 9.1 14.5
平均最低気温 (℃) 10.2 0.5 5.0
平均降水量 (mm) 12.8 192.9 1,052.2

Frequently Asked Questions

セウェルが「階段の街」と呼ばれるのはなぜですか?

非常に急峻なアンデス山脈の斜面に建設されたため、車などの車両が通行できず、住民が移動するために張り巡らされた大規模な階段ネットワークが街の主役となったためです。

現在、セウェルに人は住んでいますか?

いいえ、現在は無人となっています。かつては16,000人以上の住民が暮らしていましたが、国有化後の移住計画により、現在は管理事務所や観光施設のみが存在しています。

世界遺産に登録された理由は何ですか?

世界最大の地下銅鉱山を支えたカンパニータウン(企業城下町)としての歴史的価値と、厳しい自然環境に適応した極めてユニークな都市計画・建築様式が評価されたためです。

個人でセウェルを訪れることはできますか?

個人車両でのアクセスは禁止されています。サンティアゴやランカグアから出発する認定ツアーオペレーターを通じてのみ、訪問することが可能です。

「煙の悲劇」とはどのような出来事でしたか?

1945年に発生した事故で、鉱山外部の火災による煙が内部に充満し、一酸化炭素中毒で数百名が犠牲となった惨事です。これがきっかけとなり、チリの鉱山安全規制が強化されました。

References

  1. "Sewell Mining Town". World Heritage Sites. UNESCO. 2006. Retrieved 3 May 2020.
  2. Charles Caldwell Hawley (2014). A Kennecott Story. The University of Utah Press. p. 105.
  3. Sewell, also known as El Teniente, Chile
  4. "Sewell, also known as el Teniente, Chile". Archived from the original on 2006-04-19. Retrieved 2006-07-01.
  5. "Sewell, also known as El Teniente, Chile". gosouthamerica.about.com. Archived from the original on 2005-09-22.
  6. "Historia" (in Spanish). Archived from the original on 2011-12-16.
  7. Hajek, Ernst; Castri, Francesco (1975). "Bioclimatografia de Chile" (PDF) (in Spanish). Archived from the original (PDF) on 22 November 2009. Retrieved 27 May 2024.