20世紀前半、アメリカ合衆国の領土であったフィリピンには、ワシントンD.C.にResident Commissioner(駐米特使)という特別な役職が置かれていました。これは、フィリピンの声をアメリカ合衆国下院に届けるための重要なパイプ役であり、1907年の創設から1946年の独立まで、フィリピンの政治的地位を象徴する存在でした。
この役職は、現在のプエルトリコ駐米特使やワシントンD.C.の代表と同様に、下院での発言権や議事への参加権を持っていましたが、最終的な採決における投票権は与えられていない「非投票議員」という形態でした。
Key Facts
- 期間:1907年11月22日から1946年7月4日まで。
- 権限:合衆国下院での発言・参加は可能だが、投票権はなし。
- 定数:当初は2名体制だったが、1937年以降は1名に削減。
- 選出方法:時代により、立法府による選出から大統領による任命へと移行。
- 終焉:1946年のフィリピン独立に伴い、役職が廃止された。
制度の変遷と法的根拠
Resident Commissionerの制度は、フィリピンの統治形態の変化に合わせて、3つの主要な法律によって規定・更新されました。まず、1902年の「フィリピン有機法(Philippine Organic Act)」によってその基礎が築かれ、その後、1916年の「ジョーンズ法(フィリピン自治法)」、そして1934年の「タイディングス・マクダフィ法(フィリピン独立法)」へと引き継がれました。
1898年から1946年までアメリカの領土であったフィリピンにとって、この役職は単なる連絡係ではなく、法的な権利を主張し、独立への道を模索するための戦略的な拠点としての意味を持っていました。
選出プロセスの変化と政治的摩擦
初期の選出方式(1907年〜1935年)
制度開始当初、特使はフィリピン立法府によって選出されていました。具体的には、アメリカ人が多数を占める「フィリピン委員会」と、フィリピン人のみで構成される「フィリピン議会」の2つの議院が個別に投票を行い、それぞれから1名ずつ、計2名の特使が選ばれました。1907年にはベニート・レガルダとパブロ・オカンポが初代特使に就任しています。
1916年のジョーンズ法以降も選出方法は維持されましたが、任期が3年に延長されました。しかし、この選出プロセスは曖昧な点が多く、しばしば政治的な摩擦の原因となりました。
コモンウェルス時代の任命制(1936年〜1946年)
1935年にフィリピン共和国(コモンウェルス)が成立し、新憲法が施行されると、選出方法は劇的に変化しました。1935年末に制定されたコモンウェルス法第10号により、特使はフィリピン大統領が任命し、任命委員会が同意するという形式に変更されました。これにより、特使は固定された任期を持たず、大統領の意向によって職務に就くこととなりました。
1936年2月、マヌエル・L・ケソン大統領はクインティン・パレデスを任命し、それまでの2名体制から1名体制へと移行させました。

歴代の駐米特使まとめ
特使の歴史は、大きく分けて「島嶼政府時代」と「コモンウェルス時代」に分かれます。初期はナショナリスト党(Nacionalista)などの政党色が強く反映されていました。
| 時代区分 | 期間 | 定数 | 選出方法 | 主な人物 |
|---|---|---|---|---|
| 島嶼政府時代 | 1907年〜1936年 | 2名 | 立法府による選出 | ベニート・レガルダ、マヌエル・L・ケソン等 |
| コモンウェルス時代 | 1936年〜1946年 | 1名 | 大統領による任命 | J.M.エリザルデ、カルロス・P・ロムロ等 |
最後の特使となったのはカルロス・P・ロムロであり、1946年7月4日にアメリカがフィリピンの独立を正式に認めたことで、この役職は歴史的な役割を終えました。
Frequently Asked Questions
Resident Commissionerはアメリカ合衆国下院で投票できましたか?
いいえ、投票権はありませんでした。議事への参加や発言は認められていましたが、採決に参加することはできない「非投票議員」という立場でした。
なぜ特使の人数が2名から1名に減ったのですか?
1934年のタイディングス・マクダフィ法およびその後のコモンウェルス政府の成立に伴い、統治形態が変更されたためです。1936年にマヌエル・L・ケソン大統領が後任を任命したタイミングで1名体制となりました。
特使は国民による直接選挙で選ばれていましたか?
いいえ。プエルトリコの特使とは異なり、フィリピンの特使が直接選挙で選ばれたことは一度もありません。立法府による選出、または大統領による任命という形式でした。
この役職が廃止された理由は何ですか?
1946年7月4日にフィリピンがアメリカから国際的に認められた独立を果たしたためです。独立国家となったため、アメリカ議会に代表を送る必要がなくなり、役職は消滅しました。
初代の駐米特使は誰でしたか?
1907年に就任したベニート・レガルダとパブロ・オカンポの2名が初代特使です。