南米チリのアイセン州に位置するパタゴニア国立公園は、単なる自然保護区ではありません。ここは、かつての広大な羊牧場を野生の楽園へと戻すという、世界でも類を見ない大規模な生態系復元プロジェクトの結晶です。2018年にトムキンス・コンサベーションからチリ政府へ寄贈され、正式に国立公園として指定されました。
公園の中心となるチャカブコ渓谷は、アンデス山脈を越える重要な通路となっており、アルゼンチン側の乾燥したステップ(草原地帯)と、チリ側の湿潤な南ブナ林という、対照的な2つの生態系が交差する貴重な移行帯を形成しています。

Key Facts
- 所在地:チリ共和国 アイセン州
- 総面積:約260,000ヘクタール(3,045.28平方キロメートル)
- 設立年:2018年(チリ政府による指定)
- 管理団体:チリ国立森林公社(CONAF)
- 主要目的:生物多様性の回復、土地の再野生化、持続可能なエコツーリズムの推進
自然の再生:牧場から野生の地へ
かつてのこの地は、20世紀初頭から大規模な羊や牛の放牧地として利用されてきました。しかし、過剰な放牧は土壌の砂漠化を招き、本来この地にいた野生動物たちの生息地を奪う結果となりました。この状況を変えるため、2004年にコンサベーション・パタゴニカ(現トムキンス・コンサベーション)が土地を買い取り、大規模な環境再生に着手しました。
生態系の復元プロセス
再生の第一歩は、野生動物の移動を妨げていた数百キロメートルに及ぶ牧場用のフェンスを撤去することでした。同時に、家畜を排除し、地域のボランティアと共に在来種の草(コイロンなど)を再播種することで、劣化した土壌を回復させました。

絶滅危惧種の保護と回復
環境が整うにつれ、グアナコ(ラマの野生近縁種)などの草食動物が戻り、それらを餌とするピューマなどの捕食者とのバランスが自然に回復し始めました。特に注力されているのが、絶滅危惧種であるウエムル(南アンデスジカ)の保護です。家畜由来の病気や密猟で激減したウエムルですが、本公園には世界的に見ても最大規模の個体群(100〜200頭)が生息しており、最優先の保護対象となっています。

多様な景観と豊かな生物相
公園内では、標高と地形の変化に伴い、劇的に景色が変わる様子を観察できます。
乾燥したステップ地帯
アルゼンチン国境に近い東側は、アンデス山脈が湿った空気を遮るため、非常に乾燥しています。ここではカラファテなどの低木やタフトグラスが自生し、グレーフォックスやアナホリフクロウ、アルマジロなどが過酷な環境に適応して暮らしています。
南ブナの原生林
西へ進み標高が上がると、風景は深い森へと変わります。レンガ、ニレ、コイウエといった南ブナ属の樹木が密生し、アンデアンコンドルやマゼランキツツキなど、多様な鳥類や哺乳類のすみかとなっています。
また、氷河から流れ出るエメラルドブルーの河川には、ペルシクティス・トルチャなどの在来魚が生息しており、水辺の生態系も豊かです。
持続可能な観光と地域社会への貢献
パタゴニア国立公園は、自然保護と人間活動の共生を目指しています。訪問者が快適に過ごせるよう、地元の石材やリサイクル材を用いた建築様式でビジターセンターや宿泊施設が整備されました。また、太陽光、風力、小水力発電を組み合わせた再生可能エネルギーシステムを導入し、環境負荷を最小限に抑えています。

地域社会との連携も重視されており、かつてのガウチョ(牧童)をパークレンジャーとして再雇用したり、地元の子供たちに環境教育を提供したりすることで、エコツーリズムによる地域経済の活性化を図っています。
公園概要まとめ
| 項目 | 詳細内容 |
|---|---|
| 主要生態系 | パタゴニアステップ、南ブナ林、湿地帯 |
| 象徴的な動物 | ウエムル、グアナコ、ピューマ、アンデアンコンドル |
| 主要施設 | チャカブコ渓谷ロッジ、ビジターセンター、キャンプ場(3箇所) |
| アクセス手段 | 車のみ(バルマセダ空港から約300km) |
| 開園期間 | 10月から4月まで |
Frequently Asked Questions
公園へのアクセス方法は?
車でのアクセスのみ可能です。最寄りのバルマセダ空港からカレテラ・アウストラル(南限道路)を約300km走行します。一部区間は未舗装路となっているため、注意が必要です。
おすすめのハイキングコースはありますか?
ジェイニメニ地区のレンジャーステーションからチャカブコ渓谷のロッジまでを結ぶ「アビレス・トレイル」が有名で、2〜5日かけて歩くコースとなっています。
どのような動物に出会えますか?
最も多く見かけるのはグアナコです。また、運が良ければ絶滅危惧種のウエムルや、生態系の頂点に立つピューマ、空を舞うアンデアンコンドルに出会える可能性があります。
環境保護のためにどのような取り組みが行われましたか?
家畜の排除とフェンスの撤去による「再野生化(リワイルディング)」が行われました。在来種の草を植え直すことで土壌を回復させ、野生動物が自由に移動できる環境を再構築しています。
訪問に最適な時期はいつですか?
公園は10月から4月まで開園しています。南半球の春から夏にあたるこの時期が、気候的に訪問しやすいため推奨されます。
References
- UNEP-WCMC (2022). Protected Area Profile for Patagonia from the World Database of Protected Areas. Accessed 16 April 2022.
- "Patagonia Dreaming: Kris Tompkins Works to Build the Best National Park". Bradford Wieners. Bloomberg. April 23, 2014.
- "With 10 Million Acres in Patagonia, a National Park System is Born". Pascale Bonnefoy. The New York Times. February 19, 2018.
- "Chile creates five national parks over 10m acres in historic act of conservation". Jonathan Franklin. The Guardian. January 29, 2018.
- "Chile Adds 10 Million Acres of Parkland in Historic First". Elizabeth Royte and Michael Greshko. National Geographic. January 29, 2018.
- "President of Chile and CEO of Tompkins Conservation sign decrees creating 10 million acres of new national parks". Patagon Journal. January 29, 2018.
- "A History of Valle Chacabuco". Conservacion Patagonica. August 28, 2102.
- "The Entrepreneur Who Wants to Save Paradise". Diana Saverin. The Atlantic. September 15, 2014.
- "Patagonia’s controversial new national park". Graeme Green. The Guardian. November 2, 2015.
- "Restoring the Eco-System in Chilean Patagonia". Lindsey Olander. Travel and Leisure. October 20, 2015.
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