私たちが呼吸している空気は、単一の物質ではなく、窒素や酸素、アルゴンなどの複数の気体が混ざり合った混合気体です。この混合気体において、個々の成分ガスが単独で存在したと仮定したときに及ぼす圧力を分圧(Partial Pressure)と呼びます。分圧の概念は、化学や物理学だけでなく、医学や潜水生理学といった幅広い分野で極めて重要な役割を果たしています。
Key Facts
- ダルトンの法則:理想気体混合物の全圧は、各成分ガスの分圧の総和に等しい。
- 分圧の決定要因:分圧は全圧にそのガスのモル分率(体積比)を乗じることで算出できる。
- 溶解度の法則:ヘンリーの法則により、液体に溶けるガスの濃度は、そのガスの分圧に比例する。
- 生理学的影響:人体への影響(酸素毒性や窒素酔いなど)は、ガスの濃度ではなく分圧によって決定される。
- 蒸気圧:液体や固体が気相と平衡状態にあるときの圧力であり、沸点に直接影響する。
分圧の基本原理とダルトンの法則
理想気体においては、分子同士の相互作用が無視できるため、各ガスは独立して振る舞います。この性質に基づいたのがダルトンの法則です。この法則によれば、混合気体の全圧は、構成するすべての成分ガスの分圧を単純に足し合わせたものになります。
例えば、窒素(N₂)、水素(H₂)、アンモニア(NH₃)が混ざった気体がある場合、全圧 $p$ は $p = p_{N_2} + p_{H_2} + p_{NH_3}$ と表されます。大気圧も同様に、酸素や窒素、水蒸気などの分圧の合計として考えることができます。

この概念を視覚的に理解するためのモデルとして、半透膜を用いたピストンの思考実験などが用いられます。これにより、混合状態であっても個々のガスが独立した圧力を保持していることが説明されます。

分圧の計算方法とモル分率
特定の成分ガスの分圧を求めるには、全圧にそのガスのモル分率(全分子数に対するその成分の分子数の割合)を掛け合わせます。理想気体では、このモル分率は体積比と等しくなります。
また、アマガットの法則(加成体積の法則)に基づき、混合気体全体の圧力下で、ある成分ガスが占める仮想的な体積を「分圧体積」として定義することも可能です。これは、空気中の酸素だけに注目して解析したい場合などに有用な考え方です。
蒸気圧と相平衡
蒸気圧とは、液体や固体がその蒸気と平衡状態にあるときに示す圧力のことです。これは物質がどれだけ蒸発しやすいかという指標になります。ある液体の蒸気圧が周囲の大気圧と等しくなったとき、その液体は沸騰します。これが「沸点」の定義です。
蒸気圧が高い物質ほど、低い温度で沸点に達します。例えば、標高の高いエベレスト山頂では大気圧が海面下の約0.333気圧まで低下するため、液体の沸点も同様に低下します。ジエチルエーテルの場合、海面下では34.6℃で沸騰しますが、エベレスト山頂では約7.5℃まで下がります。

化学反応と溶解における分圧の役割
化学平衡への影響
気体が関与する可逆反応において、平衡定数 $K_p$ は各成分の分圧を用いて算出されます。反応物と生成物の分圧の比率によって平衡状態が決まり、全圧や温度の変化はルシャトリエの原理に従って平衡を移動させます。ただし、実際の反応速度(キネティクス)がこの平衡移動を妨げたり、あるいは促進したりする場合があるため、注意が必要です。
ヘンリーの法則と気体の溶解
気体が液体に溶け込む量は、液相と気相の平衡によって決まります。ヘンリーの法則によれば、溶質ガスの濃度は、その液体上のガスの分圧に正比例します。この法則は、溶媒がガスと化学反応を起こさない希薄な理想溶液において適用されます。
実社会への応用:潜水生理学と医学
ダイビングにおける分圧管理
水中では水圧が加わるため、呼吸ガスの分圧が急激に上昇します。潜水時の生理的影響は、ガスの濃度ではなく分圧に依存します。例えば、水深50m(全圧6bar)で空気(酸素21%)を吸った場合、酸素分圧は $6 ext{ bar} imes 0.21 = 1.26 ext{ bar}$ となり、地上の約6倍に達します。
- 低酸素症:酸素分圧が0.16 barを下回ると、意識喪失などのリスクが高まります。
- 酸素毒性:酸素分圧が高すぎると、痙攣などの毒性症状が現れます。NOAAの基準では、1.6 barでの曝露は45分までと制限されています。
- 窒素酔い:高圧下で麻酔性ガス(窒素など)の分圧が高まると、判断力低下などのナルコーシスが発生します。
医療における血液ガス分析
医学分野では、動脈血中の酸素分圧($PaO_2$)や二酸化炭素分圧($PaCO_2$)が、呼吸機能や酸塩基平衡を評価する重要な指標となります。血液に溶け込んでいるガスの分圧は、それが気相に移行したときに示す圧力として定義されます。
| ガス種 | 測定部位 | kPa | mmHg |
|---|---|---|---|
| $pO_2$ (酸素) | 動脈血 | 11–13 | 75–100 |
| 静脈血 | 4.0–5.3 | 30–40 | |
| $pCO_2$ (二酸化炭素) | 動脈血 | 4.7–6.0 | 35–45 |
| 静脈血 | 5.5–6.8 | 41–51 |
Frequently Asked Questions
分圧と濃度は何が違うのですか?
濃度は単位体積あたりに含まれる物質の量を示しますが、分圧は混合気体の中でその成分が独立して及ぼす「圧力」を指します。特に気体の溶解や生理的影響においては、濃度よりも分圧が支配的な要因となります。
ダルトンの法則が適用できない場合はありますか?
ダルトンの法則は「理想気体」を前提としています。分子間相互作用が強い実在気体や、極めて高圧な環境では、理想的な挙動から外れるため、代わりに「フガシティ(逃避度)」という概念を用いて熱力学的な活性を評価します。
なぜ潜水時に酸素分圧が重要視されるのですか?
酸素は生命維持に不可欠ですが、高分圧状態では活性酸素の増加などにより中枢神経系に毒性を及ぼすためです。一方で、分圧が低すぎると十分な酸素が血液に溶け込まず、低酸素症に陥るため、適切な分圧範囲の維持が不可欠です。
ヘンリーの法則はどのような場面で役立ちますか?
炭酸飲料の密封容器内で二酸化炭素を高圧で溶かし込む仕組みや、血液中のガス交換、あるいは潜水後の減圧症(急激な減圧による気泡の発生)のメカニズムを理解する上で不可欠な法則です。
References
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All symbols referring to gas species are in subscript,
- , , 5th ed. (the "Gold Book") (2025). Online version: (2006–) "pressure, p". :10.1351/goldbook.P04819
- Dalton's Law of Partial Pressures
- Frostberg State University's "General Chemistry Online"
- Page 200 in: Medical biophysics. Flemming Cornelius. 6th Edition, 2008.
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