19世紀末のアメリカにおいて、黒人女性たちは深刻な人種差別と性差別の二重の困難に直面していました。こうした状況を打破し、自らの尊厳を守るために結成されたのが全米有色人種女性クラブ協会NACWCです。彼女たちは単なる親睦団体ではなく、社会正義を追求し、コミュニティの底上げを図る強力な政治的・社会的組織として活動しました。

Key Facts

  • 設立日: 1896年7月21日(ワシントンD.C.)
  • 主要目的: 公民権の向上、女性参政権の獲得、人種差別の撤廃
  • 規模の拡大: 1897年の5,000人から1924年には10万人まで会員が増加
  • 主要リーダー: メアリー・チャーチ・テレル、ジョセフィン・セント・ピエール・ラフィンら
  • 闘った課題: リンチの根絶、ジム・クロウ法(人種隔離法)への反対、教育改善

協会の誕生と設立の背景

NACWCは、1896年7月にワシントンD.C.の第19通りバプテスト教会で開催された大会を通じて誕生しました。この集まりには、ボストンの「Woman's Era Club」やワシントンD.C.の「National League of Colored Women」など、全米各地で個別に活動していたアフリカ系アメリカ人女性のクラブが集結し、統合されました。この大会の招集には、マーガレット・マレー・ワシントンが尽力しました。

設立の大きな動機の一つは、黒人女性に対する不当な偏見への対抗でした。当時、ミズーリ州プレス協会の会長であったジェームズ・ジャックスが、黒人女性を「泥棒や売春婦」と呼ぶ侮辱的な書簡を送ったことに激怒したジョセフィン・セント・ピエール・ラフィンとメアリー・チャーチ・テレルらが、女性たちの品位と正当性を証明するために組織化を急いだのです。

National Association of Colored Women's Clubs headquarters in Washington, D.C., part of the Sixteenth Street Historic District.

社会変革に向けたミッションと活動

協会は設立当初から、黒人社会の社会的流動性を妨げる具体的な問題に焦点を当てました。初期の議題には、南部の過酷な強制労働(チェーンギャング制度)や、鉄道などの公共施設における人種隔離(Separate Car Law)、都市部のスラム街での救済活動、労働者階級のための住居確保などが含まれていました。

その後10年間にわたり、NACWCは活動の幅を広げ、以下の分野で先駆的な役割を果たしました。

  • 政治的権利: 女性参政権の獲得に向けたキャンペーンの展開。
  • 人権保護: 法外な私刑(リンチ)の根絶と、人種隔離を正当化するジム・クロウ法への反対運動。
  • 福祉と教育: 子供や高齢者のケア、および教育水準の向上。

組織を牽引した先駆的なリーダーたち

NACWCがアフリカ系アメリカ人女性参政権運動において最も影響力のある組織となった背景には、卓越したリーダーシップがありました。特に、高学歴で経済的基盤を持っていたラフィンとテレルの貢献は絶大でした。

ジョセフィン・セント・ピエール・ラフィンは、私財を投じて黒人女性による、黒人女性のための初の雑誌『Woman’s Era』を創刊しました。これにより、会員や潜在的な支持者がつながる公共のコミュニティが形成されました。一方、メアリー・チャーチ・テレルは優れた組織運営能力を発揮し、ワシントンD.C.のレストランにおける人種隔離を撤廃させるための法廷闘争を勝ち取るなど、実効性のある成果を上げました。

設立時の組織体制

1896年の第1回大会で選出された主要な役員および委員会の構成は以下の通りです。

NACWC 初代役員一覧(1896年)
役職 氏名
会長 メアリー・チャーチ・テレル
第1副会長 ファニー・ジャクソン・コピン
第2副会長 F. E. W. ハーパー
第3副会長 ジョセフィン・セント・ピエール・ラフィン
執行委員会委員長 マーガレット・マレー・ワシントン
全国組織者 ビクトリア・アール・マシューズ
編集スタッフ マーガレット・マレー・ワシントン、レベッカ・コール、ローザ・D・バウザー、アイダ・ウェルズ=バーネット、フランシス・J・ジャクソン

Frequently Asked Questions

NACWCはどのような目的で設立されましたか?

黒人女性に対する不当な社会的評価を正し、女性参政権の獲得やリンチの根絶、ジム・クロウ法などの人種差別的な法律への反対を通じて、アフリカ系アメリカ人全体の公民権と社会的地位を向上させることを目的として設立されました。

設立に深く関わった主要な人物は誰ですか?

メアリー・チャーチ・テレル、ジョセフィン・セント・ピエール・ラフィン、マーガレット・マレー・ワシントン、ハリエット・タブマン、アイダ・ベル・ウェルズ=バーネット、フランシス・E・W・ハーパー、ビクトリア・アール・マシューズ、ジョセフィン・シローン・イエーツらが創設メンバーとして名を連ねています。

『Woman’s Era』とはどのような役割を果たしましたか?

ジョセフィン・セント・ピエール・ラフィンが資金を提供して創刊した、アフリカ系アメリカ人女性による初の雑誌です。黒人女性たちが公的に意見を発信し、連帯するためのコミュニティを構築する重要なツールとなりました。

協会の規模はどのように推移しましたか?

1897年には約5,000人だった会員数は、活動の広がりとともに急増し、1924年には10万人に達しました。しかし、その後の世界恐慌の影響により、会員数は減少に転じました。

メアリー・チャーチ・テレルは具体的にどのような成果を上げましたか?

強力な組織化能力を活かし、ワシントンD.C.の飲食店における人種隔離に反対する闘争を主導し、最終的に統合を認める裁判所の判決を勝ち取りました。