アメリカの西部開拓時代には、正義の味方と無法者の境界線を歩いた人物が数多く存在しました。その中でも、「ミステリアス・デイブ(謎のデイブ)」という異名を持つデイビッド・アレン・メイザーは、極めて寡黙な性格と波乱万丈な経歴から、今なお多くの謎に包まれた人物です。彼は法執行官として街の秩序を守る一方で、時には犯罪に関与し、最後には忽然と姿を消しました。
Key Facts
- 本名:デイビッド・アレン・メイザー(1851年〜1880年代後半)
- 主な職業:法執行官、バッファローハンター、雇われ銃使い
- 活動拠点:カンザス州ドッジシティ、ニューメキシコ準州イーストラスベガス
- 特徴:寡黙な性格から「ミステリアス」と呼ばれた
- 結末:1885年以降に失踪し、正確な死因や時期は不明
波乱の幼少期と西部への旅立ち
メイザーは1851年、コネチカット州のセイブルック(現在のディープリバー)で生まれました。幼少期から家庭環境は不安定で、1856年に父親が家族を捨て、その後1864年に上海の船上で殺害されるという悲劇に見舞われています。その後、母方の祖父や親戚に身を寄せながら労働者として生活していました。
転機が訪れたのは1870年です。当時19歳だったメイザーは、弟のジョサイアと共に貨物船の乗組員として雇われ、ルイジアナ州ニューオーリンズへと向かいました。これを機に、彼は未知なるフロンティアであるアメリカ西部へと足を踏み入れることになります。
法執行官としての血塗られた経歴
メイザーの西部での活動は、バッファローハンターとしての生活から始まったと考えられています。その後、著名な法執行官バット・マスターソンに抜擢され、鉄道会社の権利を巡る「ロイヤルゴージ鉄道戦争」の治安維持部隊に加わりましたが、この紛争は法廷で解決したため、実戦に及ぶことはありませんでした。
その後、ニューメキシコ準州のイーストラスベガスで米国副連邦保安官や警察官として勤務します。ここで彼は、銃撃戦に強いという悪名高い評判を確立することになります。1880年1月22日、バラエティホールで起きた銃撃戦において、上司のジョー・カーソン保安官を失う一方で、相手側の1名を射殺し、他数名を負傷させました。
そのわずか3日後、メイザーは職務中にジョセフ・カステロという男と対峙します。相手が銃を抜こうとしたため、メイザーは先手を打って致命的な一撃を加え、カステロを射殺しました。この件については、検視陪審員によって「正当防衛」であるとの裁定が下されました。
ドッジシティでの対立と悲劇
ニューメキシコでの任期を終えたメイザーは、その後テキサス州を転々とし、偽造罪や窃盗などの容疑で法と衝突する不安定な時期を過ごしました。しかし、1883年6月1日、彼は再び法執行官としてカンザス州ドッジシティの市副保安官に任命されます。
しかし、後任のトム・ニクソンとの間で激しい対立が起こります。特に、ダンスホールを禁止する条例の適用を巡り、メイザーの店は規制された一方でニクソンの店は黙認されるという不公平な状況が発生しました。これに憤慨したメイザーは、ビール価格を競合の半分に下げるという価格競争で対抗しましたが、仕入れルートを遮断されるなどの妨害を受けました。
この不和は最終的に暴力へと発展します。1884年7月18日にニクソンから撃たれたメイザーでしたが、その3日後、今度はメイザーがニクソンを射殺しました。裁判の結果、ニクソン側が先に攻撃を仕掛けたことが認められ、メイザーは無罪判決を受けました。
失踪と消えない謎
1885年5月、メイザーは弟のジョサイアと共に、ジャンクション・サルーンでのカードゲーム中に口論となり、デイビッド・バーンズという男を射殺しました。この事件で兄弟は逮捕されますが、保釈金を支払って釈放された後、裁判に出廷することなく逃亡しました。
1885年9月、カンザス州ニューキオワで友人の弁護費用を集めていたことが、彼に関する最後の確かな記録となっています。その後、彼は忽然と姿を消しました。1887年には保釈保証人が「メイザーは死亡した」と主張して裁判所に申し立てを行いましたが、遺体は確認されていません。
彼の最期については、カナダ王立騎馬警察(RCMP)に入隊して強盗を働いたという説や、テネシー州の山中で密造酒業者に殺害されたという説など、多くの噂が飛び交いましたが、いずれも決定的な証拠はありませんでした。
メイザーの生涯まとめ
| 期間/場所 | 主な出来事・役割 | 結果 |
|---|---|---|
| 1870年代後半 / ニューメキシコ | 副連邦保安官として勤務 | 複数の銃撃戦に関与、正当防衛と認定 |
| 1883年〜1884年 / ドッジシティ | 市副保安官として勤務 | トム・ニクソンを射殺し、後に無罪 |
| 1885年 / ドッジシティ | デイビッド・バーンズを射殺 | 保釈後に逃亡し、行方不明となる |
| 1887年以降 | 死亡説が浮上 | 公式な記録はなく、謎のまま |
Frequently Asked Questions
なぜ「ミステリアス」と呼ばれていたのですか?
彼の極めて口数が少なく、秘密主義な性格であったため、周囲からそのように呼ばれるようになりました。
彼は本当に犯罪者だったのでしょうか?
彼は法執行官として勤務していましたが、一方で偽造罪や窃盗の容疑で逮捕されたり、裁判を逃れて逃亡したりするなど、法と犯罪の境界線上にいた人物と言えます。
トム・ニクソンとの争いの原因は何でしたか?
職務上の後任関係に加え、ダンスホール禁止条例の不公平な適用や、それに対するビール価格競争などのビジネス上の対立が激化したことが原因です。
彼の最期はどうなったと考えられていますか?
明確な記録はありません。1887年に保釈保証人が死亡を主張しましたが、カナダでの活動説やテネシー州での殺害説など、真偽不明の噂が絶えません。
現代の文化作品に登場していますか?
はい。ドラマ『スーパーナチュラル』シーズン13の第6話に、彼の姿を借りたグール(怪物)が登場するほか、ドラマ『ワイアット・アープの生涯』にも登場しています。
References
- The Mercury was published by Robert McCanse, the prosecuting attorney in Mather's case, and edited by McCanse's legal partner Samuel W. Vandivert, two men who had a vested interest in seeing Mather convicted.