← ホームへ戻る

My Rainbow Raceピート・シーガーの楽曲が繋いだ平和への願いとノルウェーの記憶

🗓 2026年8月14日

音楽には、国境を越えて人々の心を結びつけ、時には社会的な分断に対する強力な抵抗の手段となる力があります。アメリカのフォークシンガー、ピート・シーガーが書き上げた「My Rainbow Race」は、単なる子供向けの歌という枠を超え、ノルウェーにおいて深い政治的・感情的な意味を持つ楽曲となりました。

Key Facts

  • 原曲:1973年にピート・シーガーが発表したアメリカのフォークソング。
  • ノルウェー版:リレビョルン・ニルセンによる訳詞「Barn av regnbuen(虹の子供たち)」として普及。
  • 社会的影響:2012年、テロ事件の裁判を巡り、4万人以上の市民がこの歌を合唱し抗議の意を示した。
  • 国際的連帯:北欧諸国の文化大臣らが参加し、平和と多様性の象徴として歌われた。

楽曲の誕生と北欧への伝播

「My Rainbow Race」は、1973年にピート・シーガーのアルバム『Rainbow Race』に収録された楽曲です。多様性と調和をテーマにしたこのフォークソングは、同じ年にノルウェーのアーティスト、リレビョルン・ニルセンによってノルウェー語に翻訳されました。

翻訳版のタイトルは「Barn av regnbuen(虹の子供たち)」となり、シングルとしてリリースされると、その年の中央ノルウェーにおけるシングル売上ランキングで6位を記録するほどの大きなヒットとなりました。こうして、アメリカで生まれた平和のメッセージは、北欧の地で深く根付くことになります。

テロ裁判への抗議と「4万人の合唱」

この曲が再び歴史的な注目を集めたのは、2011年に発生した凄惨なテロ事件の裁判中、2012年4月26日のことでした。犯人のアンデシュ・ベーリング・ブレイビックが法廷で、「この歌はマルクス主義のプロパガンダであり、ノルウェーの子供たちを洗脳するために使われている」という趣旨の主張を展開したためです。

この発言に反発した市民たちがFacebookを通じて呼びかけ合い、オスロのユングストーレ広場をはじめ、国内各地の広場に集結しました。オスロでは4万人を超える人々が、ニルセンのリードでこの曲を英語とノルウェー語の両方で合唱し、憎悪に満ちた主張に対する平和的な抗議を行いました。

このイベントにはノルウェーの文化大臣だけでなく、スウェーデン、デンマーク、フィンランド、アイスランド、フェロー諸島の文化大臣らも出席し、北欧全体の連帯を示しました。合唱の後、参加者は裁判所へと行進し、花を捧げました。また、ニルセンがピート・シーガー本人に連絡を取ったところ、シーガーは「なんてことだ。幸運を祈ります」と温かいエールを送ったと伝えられています。

議論と国際的な反響

一方で、この大規模な感情的表出に対しては批判的な視点もありました。精神科医のトール・クヴァケスタッド氏は、進行中の裁判中にこのような公的な感情の噴出が起こることに対し、懸念を表明しました。彼は、この集会を「晒し台(pillory)」に例え、国民の間に蓄積しつつある憎しみについて、より冷静で集中した議論が必要であると主張しました。

また、この楽曲の精神は国際的な場でも共有されました。2012年7月にクロアチアで開催されたECOSYサマーキャンプでは、参加した代表団がこの曲を披露し、ノルウェーのテロ犠牲者を支援するためのミュージックビデオを制作してYouTubeに公開しました。

楽曲概要まとめ

「My Rainbow Race」およびノルウェー版の基本情報
項目 オリジナル版 ノルウェー版
曲名 My Rainbow Race Barn av regnbuen
リリース年 1973年 1973年
作詞・作曲 ピート・シーガー ピート・シーガー(訳詞:リレビョルン・ニルセン)
ジャンル フォーク / 子供向けソング フォーク
主な出来事 アルバム『Rainbow Race』収録 2012年のテロ裁判抗議集会で合唱

Frequently Asked Questions

「My Rainbow Race」とはどのような曲ですか?

アメリカのフォークシンガー、ピート・シーガーが1973年に発表した楽曲で、多様性と平和をテーマにした子供向けのフォークソングです。

なぜノルウェーでこの曲が重要視されたのですか?

リレビョルン・ニルセンによる翻訳版がヒットしたことに加え、2011年のテロ事件の犯人が裁判でこの曲を「洗脳の道具」と呼んだため、市民がその主張に抗議し、平和の象徴として歌い上げたからです。

2012年の抗議集会にはどのような人々が参加しましたか?

オスロの広場に集まった4万人以上の市民のほか、ノルウェーおよび北欧諸国(スウェーデン、デンマーク、フィンランド、アイスランド、フェロー諸島)の文化大臣らが出席しました。

この集会に対して批判的な意見はありましたか?

はい。精神科医のトール・クヴァケスタッド氏は、裁判中に感情的な集会を行うことが適切ではないとし、国民の憎しみの増幅について議論すべきだと指摘しました。

ピート・シーガー本人はノルウェーでの出来事をどう受け止めましたか?

リレビョルン・ニルセンからの連絡に対し、「Oh me, oh my. I wish you luck.(なんてことだ。幸運を祈ります)」という言葉を送り、支持を示しました。

References