1990年代後半、人類は火星という未知の領域を詳細に把握するため、ある野心的なプロジェクトを始動させました。それがNASAのジェット推進研究所(JPL)が開発したMars Global Surveyor (MGS)です。この探査機は、単なる観測にとどまらず、火星の電離層から地表に至るまでを包括的にマッピングし、後の着陸ミッションに不可欠な地図を提供した先駆的な存在でした。
Key Facts
- ミッション期間:1997年から2006年まで、約10年間にわたり運用。
- 主要目的:火星全土の高精度な地形マッピングと大気観測。
- 画期的な手法:大気抵抗を利用して軌道を修正する「エアロブレーキング」を初めて本格的に実証。
- 科学的貢献:火星に液体の水が存在した可能性を示す強力な証拠を発見。
- 運用の終焉:システムソフトウェアの更新ミスによる通信途絶で終了。
火星探査の基盤を築いた機体構成と運用
MGSは、ロッキード・マーティン社によって製造された長方形の機体で、両側に太陽電池パドルを備えていました。機体重量は約1,030.5kgで、内部は電子機器や科学観測装置を搭載した「機器モジュール」と、エンジンや燃料タンクを収めた「推進モジュール」の2段構造になっていました。
この探査機は、単独で活動したわけではありません。火星探査プログラムの一環として、他の周回機のエアロブレーキング中の監視を行ったり、地表のローバーやランダーからのデータを地球へ中継したりする重要な通信ハブとしての役割も担っていました。

革新的な軌道投入:エアロブレーキングの挑戦
MGSが採用した最も挑戦的な技術の一つがエアロブレーキング(大気制動)です。これは、火星の上層大気にわざと突入させ、その摩擦抵抗を利用して速度を落とすことで、燃料を節約しながら楕円軌道を円軌道へと移行させる手法です。
当初は45時間という長い周期の楕円軌道でしたが、数ヶ月にわたる大気通過を繰り返すことで、最終的に高度約450kmの円軌道へと移行しました。このプロセス中、予定外のボーナス期間として大気データの収集が行われ、火星の衛星フォボスへの接近観測も実現しました。

搭載された科学観測装置とその成果
MGSには、惑星の全貌を捉えるための高度な計器が搭載されていました。特に重要なのが以下の装置です。
- Mars Orbiter Camera (MOC):高解像度の狭角カメラと、広域を捉える広角カメラを使い分け、24万枚以上の画像を撮影しました。
- Mars Orbiter Laser Altimeter (MOLA):レーザーを用いて火星の正確な標高を測定し、全球的な地形図を作成しました。


これらのデータにより、火星の北極や南極の地形、そして巨大な火山群や深い峡谷などの詳細な構造が明らかになりました。

火星における「水」の痕跡と新たな発見
MGSの最大の功績の一つは、火星に水が存在した、あるいは現在も存在している可能性を示唆したことです。特に、クレーターの壁に見られるガリー(小峡谷)や、地表の流動的な跡は、過去から現在に至るまで水が流れていた証拠として注目されました。


また、南極地域の観測では、1999年から2001年にかけて「スイスチーズ」のような穴が拡大する現象が確認され、二酸化炭素のガス噴出(ガイザー)の可能性が示されました。

さらに、MGSは他の探査機を撮影することにも成功しました。2004年には、火星探査車「スピリット」とその走行軌跡を捉え、地上の活動を宇宙から証明しました。



また、衛星フォボスの表面にある特異な岩石(モノリス)の撮影など、地質学的に興味深い発見を数多く残しています。

ミッションの終焉とその後
当初は火星1年分(地球時間で約2年)の観測を予定していましたが、その価値が認められ3度の期間延長が行われました。しかし、2006年11月2日、突然通信が途絶。その後の調査で、システムソフトウェアのアップデートにおける不具合が原因であったことが判明し、2007年1月に正式にミッション終了が宣言されました。
MGSは現在も高度約450kmの安定した極軌道を周回し続けています。地球上の細菌による火星表面の汚染を防ぐため、2050年頃に自然に落下し、火星に衝突すると予測されています。
ミッション概要まとめ
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 打ち上げ日 | 1996年11月7日 |
| 運用期間 | 約9年11ヶ月 |
| 機体重量(乾燥重量) | 1,030.5 kg |
| 電源 | 980 ワット |
| 軌道高度 | 平均約378 km(円軌道) |
| 開発・打ち上げ費用 | 約2億1900万ドル |
Frequently Asked Questions
Mars Global Surveyorの主な役割は何でしたか?
火星全土の高精度なマッピングを行い、地形、大気、電離層を調査することでした。また、後のフェニックスやキュリオシティなどの着陸ミッションのための着陸候補地の選定や、地表探査機との通信中継も重要な役割でした。
エアロブレーキングとはどのような技術ですか?
宇宙機が惑星の大気圏上層を通過する際に受ける空気抵抗を利用して、速度を落とし軌道を修正する手法です。これにより、大量の燃料を消費せずに効率的に楕円軌道から円軌道へ移行させることができます。
なぜミッションは終了したのですか?
2006年にシステムソフトウェアのアップデートを行った際、その中に含まれていた欠陥が原因で機体が応答しなくなり、NASAとの通信が完全に途絶えたためです。
火星に水があるという証拠をどのように見つけたのですか?
搭載されたMOC(Mars Orbiter Camera)による高解像度画像から、クレーター内部のガリーや、液体の水が流れたことを示唆する地表の形態的変化を検出することで証拠を得ました。
機体は今どこにあるのですか?
現在も火星の周りを回るデブリ(遺棄物)として、高度約450kmの極軌道上に留まっています。推定では2050年頃に火星表面に落下するとされています。
References
- "Mars Global Surveyor - NASA Science". science.nasa.gov. . 20 December 2017. Retrieved 1 December 2022.
- "Mars Global Surveyor (MGS) Spacecraft Loss of Contact" (PDF). . 13 April 2007. Archived from the original (PDF) on 16 March 2010. Retrieved 28 December 2010.
- Marcia Dunn (27 October 1996). "NASA Takes No Dirty Chances With Mars Rover". . Retrieved 12 September 2021.
- Guy Webster; Michael Ravine; Dolores Beasley. "One Mars Orbiter Takes First Photos of Other Orbiters". nasa.gov (Press release). / . Archived from the original on 24 May 2011. Retrieved 17 June 2005.
- Guy Webster; Dwayne C. Brown; Erica Hupp (21 November 2006). "NASA's Mars Global Surveyor May Be at Mission's End". nasa.gov (Press release). . Archived from the original on 7 March 2021. Retrieved 19 May 2009.
- "Mars Global Surveyor". nssdc.gsfc.nasa.gov. . Archived from the original on 12 August 2019. Retrieved 16 July 2024.
- A. L. Albee; R. E. Arvidson; F. Palluconi; T. Thorpe (2001). "Overview of the Mars Global Surveyor mission". Journal of Geophysical Research: Planets. 106 (E10): 23291–23316. :2001JGR...10623291A. :10.1029/2000JE001306. 2156-2202.
- M. C. Malin; G. E. Danielson; M. A. Ravine; T. A. Soulanille (16 September 1992). "Design and Development of the Mars Observer Camera". International Journal of Imaging Systems and Technology. 3 (2): 76–91. :10.1002/ima.1850030205. Retrieved 7 October 2010.
- Michael C. Malin. "Mars Global Surveyor: Mars Orbiter Camera (MOC)". nssdc.gsfc.nasa.gov. . Retrieved 16 July 2024.
📸 フォトギャラリー











