1969年、人類が初めて月に降り立った歴史的な瞬間の裏側で、ソビエト連邦もまた野心的な無人探査計画を推進していました。それがルナ15号です。このミッションは、月周辺の宇宙空間や重力場の解析、そして月岩の化学組成の調査を目的として設計されました。また、月面の詳細な写真撮影という重要な任務も担っていました。
主要な事実(Key Facts)
- ミッション目的:月重力場の測定、月岩の化学分析、月面写真の撮影。
- 月周回開始:1969年7月17日 10:00 UT。
- 運命の日:1969年7月21日、アポロ11号の月面着陸とほぼ同時期に降下を開始。
- 最終結果:高度約3kmで通信が途絶し、月面に衝突。
- 衝突地点:危海(Mare Crisium)、北緯17度・東経60度。
ミッションの軌跡と運用
ルナ15号は打ち上げ後、まず地球の中間軌道に投入され、そこから月へと向かいました。打ち上げの翌日には軌道修正が行われ、計画通り1969年7月17日に月周回軌道への進入に成功しました。
月周回に入った後、管制センターによるシステムチェックと2回の軌道操作が行われ、2日間にわたる調整期間が設けられました。その後、探査機はさまざまな高度と傾斜角で計52回の周回を繰り返し、合計86回の通信セッションを通じてデータを送信し続けました。
劇的な最期とアポロ11号との関係
ルナ15号が月面への降下を開始したのは、1969年7月21日 15:47 UTのことでした。このタイミングは、アメリカの宇宙飛行士ニール・アームストロングとバズ・オルドリンがすでに月面に足を踏み入れていた時間帯と重なります。
主逆噴射エンジンを点火して降下を開始したものの、軌道離脱からわずか4分後、計算上の高度が約3キロメートルに達した時点で突如として通信が途絶えました。分析の結果、探査機は月面の山側に衝突した可能性が高いと考えられています。
衝突地点は「危海(Mare Crisium)」と呼ばれる地域で、アポロ11号の着陸地点からは北北東に約554キロメートル(方位角328度)離れた場所に位置していました。なお、この緊迫した降下シーンを観測していたイギリスのジョドレルバンク電波天文台の技術者による音声記録は、2009年7月3日に一般公開されています。
ミッション概要まとめ
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 主な目的 | 月重力場・化学組成の調査、写真撮影 |
| 月周回回数 | 52回 |
| 通信回数 | 86回 |
| 衝突場所 | 危海(北緯17度、東経60度) |
| 通信途絶高度 | 約3km |
Frequently Asked Questions
ルナ15号の主な目的は何でしたか?
月周辺の宇宙空間や重力場の研究、月岩の化学的な成分分析、および月面写真の撮影を行うことでした。
アポロ11号とルナ15号は同時に活動していたのですか?
はい。ルナ15号が月面への降下を開始した1969年7月21日には、すでにアポロ11号の飛行士たちが月面に降り立っていました。
ルナ15号はなぜ失敗したと考えられていますか?
高度約3kmで通信が途絶えたことから、月面の山に衝突した可能性が高いとされています。
衝突地点はどこでしたか?
月の「危海(Mare Crisium)」と呼ばれる地域(北緯17度、東経60度)です。これはアポロ11号の着陸地点から北北東に約554km離れた場所です。
このミッションに関する音声記録はありますか?
はい。イギリスのジョドレルバンク電波天文台の技術者が降下を観測していた際の音声記録が、2009年に公開されています。