かつてデジタル通信の先駆けとして期待されたISDN(Integrated Services Digital Network:総合デジタル通信網)は、従来の電話回線(アナログ回線)をデジタル化し、音声だけでなくデータやビデオなどの多様なサービスを同時に伝送することを目的とした通信規格です。1980年代にベル研究所で開発が始まり、1988年にITU-T(国際電気通信連合)によって標準化されました。
ISDNの登場は、当時の低速なモデム環境に劇的な進化をもたらしましたが、その後のブロードバンド技術の急速な発展により、現在はその役割をDSLや光ファイバー(FTTx)へと譲っています。

Key Facts
- 基本概念: 公衆交換電話網(PSTN)のデジタル回線を用いて、音声・データ・ビデオを同時に伝送する規格。
- 標準化: 1980年に開発が開始され、1988年に正式に標準化された。
- 主要構成: ユーザー向けの「BRI(基本レートインターフェース)」と、大容量の「PRI(一次レートインターフェース)」が存在する。
- 衰退の理由: ADSLなどの高速ブロードバンド技術の普及と、EthernetなどのLAN技術の浸透。
- 特筆すべき用途: 低遅延な特性を活かし、放送業界の高品質オーディオ伝送や初期のビデオ会議で重宝された。
ISDNの技術的構造と種類
ISDNの最大の特徴は、回線を「Bチャンネル」と「Dチャンネル」という役割別の経路に分けた点にあります。Bチャンネル(Bearer channel)は実際の音声やデータを運ぶための経路であり、Dチャンネル(Data channel)は回線の制御や信号伝送を行うための経路です。
BRI(基本レートインターフェース)
一般家庭や小規模オフィス向けに提供されたエントリーレベルのサービスです。2つのBチャンネル(各64kbit/s)と1つのDチャンネル(16kbit/s)で構成されており、合計144kbit/sの帯域を持ちます。これにより、電話で通話しながら同時にデータ通信を行うことが可能になりました。
PRI(一次レートインターフェース)
企業や通信局間などの大容量通信向けに設計されたインターフェースです。国によって構成が異なり、北米や日本では23のBチャンネルと1つのDチャンネル(合計1.544Mbit/s)が採用されました。一方、欧州やオーストラリアなどでは30のBチャンネルと2つのDチャンネル(合計2.048Mbit/s)が標準となっていました。

普及の歴史と市場の反応
ISDNが構想された背景には、19世紀末から普及していた銅線(ツイストペア線)の有効活用がありました。ベル研究所による音声のデジタル符号化研究を経て、64kbit/sという音声伝送の標準が確立されました。しかし、実際に市場へ投入された頃には、すでに競争環境が変化していました。
オフィス環境では、10Mbit/sを超える高速通信が可能なEthernet(イーサネット)などのLANが普及し、家庭向けではモデムの速度が向上し続けたため、ISDNの相対的な価値が低下しました。結果として、世界的な普及数はアナログ回線の数に比べて限定的なものにとどまりました。
専門分野での活用事例
汎用的なインターネット接続としてはADSLに敗れたISDNですが、特定の専門分野ではその「回線交換方式」による低遅延・高信頼性が高く評価されました。
- 放送業界: 高品質なオーディオ伝送に利用されました。例えばBBC Radio 3では、3本のBRI回線を並列に接続し、320kbit/sのストリームで生放送の外部伝送を行っていました。
- ビデオ会議: パケット交換方式が未成熟だった時代、ISDNの直接接続は低遅延で安定していたため、H.320規格などのビデオ会議システムに最適でした。
ISDNの概要まとめ
| 項目 | BRI (Basic Rate Interface) | PRI (Primary Rate Interface) |
|---|---|---|
| 主な用途 | 家庭・小規模オフィス | 企業・通信局間 |
| 構成 (日本/北米) | 2B + 1D | 23B + 1D |
| 合計速度 (日本/北米) | 144 kbit/s | 1.544 Mbit/s |
| Bチャンネル速度 | 64 kbit/s | 64 kbit/s |
| Dチャンネル速度 | 16 kbit/s | 64 kbit/s |
Frequently Asked Questions
ISDNとADSLの決定的な違いは何ですか?
ISDNは回線交換方式を採用しており、通信ごとに専用の経路を確保するため安定した品質が得られますが、速度は限定的でした。対してADSLはパケット交換方式を前提としたブロードバンド技術であり、より高いデータ伝送速度を実現しました。
なぜ放送業界でISDNが好まれたのですか?
当時のパケット通信に比べて遅延(レイテンシ)が極めて少なく、高品質な音声をリアルタイムで伝送できたためです。特に生放送などのタイミングが重要な現場で信頼されていました。
日本でのISDNサービスはどうなりましたか?
NTTが「INSネット64」などの名称で提供していましたが、ADSLや光回線(FTTH)の普及に伴い需要が減少しました。その後、ネットワーク基盤のIP化(移行)に伴い、順次サービスが終了しています。
BチャンネルとDチャンネルの役割を簡単に教えてください。
Bチャンネルは「荷物を運ぶトラック」のようなもので、実際の音声やデータの中身を伝送します。Dチャンネルは「交通整理の信号」のようなもので、電話の接続や切断などの制御信号をやり取りします。
References
- There is not a single ISDN specification, more a collection of various incompatible dialects.
📸 フォトギャラリー

