南米大陸の西海岸に沿って北上するフンボルト海流(別名:ペルー海流)は、地球上で最も生物生産性が高い海洋システムの一つです。この海流は、低温で塩分濃度の低い海水が赤道方向へ流れる「東岸境界流」であり、海岸線から500〜1,000kmの範囲にまで広がっています。名称はドイツの博物学者アレクサンダー・フォン・フンボルトに由来しますが、実際にはその250年も前にホセ・デ・アコスタによって発見されていました。

この海流はチリ南部(南緯約45度)からペルー北部(南緯約4度)まで伸びており、北端で暖かい熱帯水とぶつかり「赤道前線」を形成します。特にペルー沖(南緯5度付近)では、海面温度が16°Cまで低下することがあり、通常25°Cを超える熱帯海域において極めて異例な低温状態を作り出しています。
Key Facts
- 世界最高峰の生産性: 全世界の海洋漁獲量の約18〜20%を占める極めて豊かな漁場である。
- 気候への影響: チリ、ペルー、エクアドルの気温を下げ、アタカマ砂漠などの極端な乾燥地帯を形成する要因となっている。
- 湧昇流の役割: 深海から栄養分を表面に運ぶ「湧昇(ゆうしょう)」現象が、プランクトンの増殖と豊かな生態系を支えている。
- 環境変動: エルニーニョ現象が発生すると、この生産システムが一時的に崩壊し、社会経済に大きな打撃を与える。
海洋物理学的なメカニズムと構造
フンボルト海流の循環を駆動する主因は貿易風です。亜熱帯高圧帯の変動や南半球の偏西風、サイクロンなどの気象要因が複雑に絡み合い、海流の挙動を変化させます。特にチリ中部の沿岸では、山脈と海洋境界層に挟まれた低圧システムにより、大気の変動が激しくなる傾向があります。
海流の構造は層状になっており、表面では冷たく新鮮な亜南極水が北上します。南緯18度付近では、この水塊が温暖で塩分濃度の高い亜熱帯表面水と混ざり合い、部分的な沈み込みが発生します。また、赤道付近では東向きに流れる赤道潜流(EUC)が、極方向へ向かうペルー・チリ潜流(PCU)に水分を供給しています。
特筆すべきは、海面付近の冷たい空気が雨を降らせにくくすることです。これにより、北チリのアタカマ砂漠やペルー沿岸に極端な乾燥をもたらします。ただし、完全に乾燥しているわけではなく、海流の影響で雲や霧が発生することはあります。
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また、この海流は熱帯低気圧(サイクロン)の形成を抑制する環境を作り出しています。冷たい海水と強い風の剪断(シアー)が、台風のような激しい嵐の発達を妨げているためです。
![La Silla observatory is in the Southern outskirts of the Atacama Desert, one of the driest places on Earth, it may come as a surprise to see cloud formations result of the Humboldt Current.[6]](/images/0e/b1/0eb1e48b7c6ad0e12c0ea0957f14eeded6a464ebb7cdcee223c7cf93b562dcdd.jpg)
低酸素層(OMZ)の形成と影響
ペルー沖では海水の換気が不十分なため、水深100mから600m付近に世界で4番目に大きな低酸素層(OMZ)が形成されています。この領域は酸素が極めて少ないため、多くの生物は酸素と栄養が得られる海面近くに留まらざるを得ません。一方で、低酸素状態に適応した生物にとっては避難所となり、動物プランクトンの移動を通じて表層から深層へ炭素を運ぶ重要な役割を果たしています。
生物多様性と漁業への貢献
フンボルト海流は「クラスI」に分類される超高生産性エコシステムです。湧昇流によって深海から運ばれた栄養分が植物プランクトンを爆発的に増殖させ、それが食物連鎖を通じて魚類、海鳥、海洋哺乳類(アザラシやクジラ類)へとつながっています。
特に商業的に重要なのは、アンチョベタ(カタクチイワシ類)、サルディーヌ(イワシ類)、マサバなどの表層魚です。これらの魚種は気候変動に応じて優占種が入れ替わる傾向があり、例えば1972年のエルニーニョ現象でアンチョベタが激減した際、その後の15〜20年でサルディーヌが急増するという「レジームシフト」が観察されました。
| 魚種 | 主な分布・特徴 | 商業的状況 |
|---|---|---|
| アンチョベタ | 沿岸の湧昇域に分布。海鳥や哺乳類の主食。 | ペルーで最大規模の漁獲量を誇る。 |
| サルディーヌ | アンチョベタより沖合に分布。 | 環境変動によりアンチョベタと交代的に増加。 |
| マサバ (Jurel) | 排他的経済水域(EEZ)内外を移動する。 | 1990年代の規制を経て資源が回復。 |
| メルルーサ (Hake) | 底層付近に分布。 | 過剰漁獲により一時的に大幅な減少を記録。 |
エルニーニョ現象による影響
この豊かな生態系にとって最大の脅威となるのが、エルニーニョ・南方振動(ENSO)です。エルニーニョ発生時には、水温躍層(温度が急激に変わる層)と低酸素層が深くなり、窒素などの栄養分が表面に供給されなくなります。
その結果、プランクトンが減少し、それを餌とするアンチョベタなどの魚類が激減します。これは単なる生物学的な問題に留まらず、漁業に依存する地域社会に深刻な経済的打撃を与えます。対照的に、ラニーニャ現象の時期には栄養供給が活発になり、生産性が極めて高まります。
Frequently Asked Questions
フンボルト海流がなぜ「冷たい」のですか?
南極付近からの冷たい海水が北上して運ばれてくることと、沿岸で深海から低温の海水が湧き上がる「湧昇」が起きているためです。
アタカマ砂漠の乾燥と海流にどのような関係がありますか?
海流によって冷やされた海上の空気は安定し、上昇気流が発生しにくいため、雨雲ができにくくなります。これが世界的に有名な乾燥地帯であるアタカマ砂漠を形成する大きな要因となっています。
エルニーニョが起きると漁業にどのような影響が出ますか?
湧昇流が弱まり、海面付近の栄養分が減少するため、プランクトンや魚類の数が激減します。これにより、アンチョベタなどの主要魚種の漁獲量が急落し、経済的な損失を招きます。
低酸素層(OMZ)とは何ですか?
海水の循環(換気)が悪く、有機物の分解によって酸素が消費されるため、酸素濃度が極めて低くなった水域のことです。多くの生物にとって生存が困難な領域ですが、一部の適応した生物には利用されています。
この海流はどこまで広がっていますか?
南はチリ南部の南緯約45度から、北はペルー北部の南緯約4度まで伸びており、幅は海岸から最大1,000kmに達します。
References
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- "Sitting at the Top of a Cloud". www.eso.org. European Southern Observatory. Retrieved 8 December 2014.
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