音楽、ダンス、そして短い寸劇(スケッチ)を巧みに組み合わせたレヴュー(Revue)は、観客を魅了する豪華絢爛な舞台芸術です。19世紀の大衆娯楽やメロドラマに端を発し、特に1916年から1932年にかけての「黄金時代」にその地位を確立しました。視覚的なスペクタクルが最大の特徴ですが、単なる見世物ではなく、当時の社会情勢や著名人、文学などを鋭く風刺する知的な側面も併せ持っていました。
オペレッタやミュージカルシアターと似ていますが、決定的な違いは「一貫したストーリーラインを持たない」点にあります。レヴューでは、緩やかな共通テーマ(モットー)に沿って、ソロパフォーマンスやダンスアンサンブルが交互に展開される構成となっています。
Key Facts
- 定義:音楽、ダンス、スケッチで構成される、物語のない多幕形式の舞台娯楽。
- 黄金時代:1916年〜1932年頃。ブロードウェイを中心に爆発的な人気を博した。
- 特徴:豪華な視覚演出と、時事問題への鋭い風刺の融合。
- 社会的背景:高額なチケット料金により、主に富裕層や社会規範に縛られない層が観劇した。
- 現代の形態:学生によるパロディショーや、ラスベガス、パリの伝統的なショーとして継承されている。
レヴューの起源と語源
「レヴュー」という言葉は、フランス語で「レビュー(再検討・回顧)」を意味し、「時事問題を振り返るショー」というコンセプトから来ています。アメリカでは1894年のジョージ・レデラーによる『The Passing Show』が初の成功例とされ、当初は英語綴りの「Review」が使われていましたが、後にフローレンス・ジークフェルド・ジュニアがフランス語綴りの「Revue」を普及させました。
この芸術形式は、複数の演劇的伝統が融合して誕生しました。ミンストレル・ショーのバラエティ構成、文学的なパロディによる風刺への欲求、パノラマ演出などのスペクタクルな手法、そしてバーレスクがもたらした官能的な視点などが組み合わさり、独自のスタイルへと進化しました。
ブロードウェイの黄金時代と豪華な演出
第一次世界大戦から世界恐慌までの期間、レヴューはブロードウェイで絶頂期を迎えました。特にフローレンス・ジークフェルドは、「アメリカン・ガール」という新しい理想の女性像を舞台に上げ、古典的なレヴューの形式を完成させました。彼以外にも、カール、ホワイト、アンダーソン、シューベルト兄弟といったプロデューサーたちがこの時代の盛り上がりを牽引しました。
当時のレヴューは、映画やヴォードヴィルに比べて極めて高価でした。例えば1914年の「フォリーズ」の初日チケットは5ドル(2020年価値で約130ドル)に達し、数セントで観られた映画館とは対照的な、特権的な娯楽であったことがわかります。
また、高額な報酬を提示することで、エディ・カンターやマークス兄弟といった一流のパフォーマー、さらにはコール・ポーターやリチャード・ロジャース、アーヴィング・バーリンといった伝説的な作曲家・作詞家たちが集まりました。ニューヨークに集中していたため、新人を業界に紹介する登竜門としての役割も果たしました。
世界への広がりとメディアの変遷
レヴューの形式はアメリカ国外でも発展しました。特にアルゼンチンでは「レヴィスタ・ポルテーニャ(revista porteña)」として定着し、20世紀を通じてブエノスアイレスの演劇界をリードしました。

1927年にトーキー映画が登場すると、舞台の演目が映画化され始めました。1920年代後半から30年代にかけて、『The Show of Shows』や『King of Jazz』などの豪華な長編映画版レヴューが制作されました。これらは舞台以上の豪華さを持ち、低価格で提供されたため、衰退しつつあった劇場公演に代わり、より広範な観客にリーチすることとなりました。
現代におけるレヴューの姿
現代では、大学などの学生娯楽として強い伝統が残っています。イギリス、カナダ、北欧などの大学では、既存の曲を書き換えて大学生活や講義をユーモラスに批判する「パスティーシュ」形式のレヴューが親しまれています。また、ボブ・ディランが率いた1970年代半ばの「ローリング・サンダー・レヴュー」のように、コンサートツアーの形式で取り入れられた例もあります。
20世紀末以降は、スケッチを排除し、特定の作曲家や歌手の楽曲を中心に構成する「ソング・サイクル」形式のレヴューも登場しました。一方で、パリのムラン・ルージュやリド、ベルリンのフリードリヒシュタット・パラスト、そしてラスベガスのショーのように、伝統的なバラエティ形式を維持している劇場も存在します。
大学・医学部レヴューの伝統
イギリスや英連邦諸国の医学・法学・工学などの専門職大学では、毎年レヴューを上演する伝統があります。これらはコメディ、パロディ、映画などを組み合わせたもので、エディンバラ・フェスティバル・フリンジなどの祭典で披露されることもあります。
特にロンドン大学の5つの医学部が競い合う「ユナイテッド・ホスピタルズ・コメディ・レヴュー」では、モイラ・スチュアート・カップを懸けた激しい競争が繰り広げられています。
| 年度 | 優勝チーム(所属) | 会場 |
|---|---|---|
| 2026 | Malignant Humours (セントジョージ医学部) | The Dragon Bar |
| 2025 | The Zebraphiles (バーツ・アンド・ザ・ロンドン医学部) | Metric Bar |
| 2024 | The MDs Comedy Revue (RUMS) | セントジョージ医学部バー |
| 2023 | The Zebraphiles (バーツ・アンド・ザ・ロンドン医学部) | セントジョージ医学部バー |
| 2022 | Malignant Humours (セントジョージ医学部) | Laird Hall |
Frequently Asked Questions
レヴューとミュージカルの最大の違いは何ですか?
最大の違いは「物語(ストーリーライン)」の有無です。ミュージカルは一つの物語を追いますが、レヴューは共通のテーマに沿った独立した演目(歌、ダンス、寸劇)の集まりであり、全体を通したストーリーはありません。
「ジークフェルド・フォリーズ」とは何ですか?
フローレンス・ジークフェルド・ジュニアがプロデュースした、アメリカのレヴュー黄金時代を象徴する伝説的なショーです。豪華な衣装と演出、「アメリカン・ガール」の美学を追求したことで知られています。
レヴューはなぜかつて高価だったのですか?
豪華な衣装や舞台装置、一流のパフォーマーを起用するための莫大な制作費がかかっていたためです。そのため、当時の観客層は主に富裕層に限定されていました。
現代でもレヴューを観ることはできますか?
はい。パリのムラン・ルージュやリド、ラスベガスのショーなど、伝統的なバラエティ形式のショーとして今も受け継がれています。また、大学の学生によるコメディショーとしても存続しています。
レヴューに「風刺」が含まれていたのはなぜですか?
レヴューの語源である「レビュー(回顧・再検討)」にある通り、当時の時事問題や社会的な流行、著名人をユーモラスに批評することが、観客にとっての知的な楽しみの一つだったためです。
References
- "Revue | theatre". Encyclopedia Britannica. Archived from the original on 2023-03-30. Retrieved 2021-01-26.
- Harper, Douglas. "revue". .
- and Show Biz: From Vaude to Video (New York: Henry Holt & Co, 1951) 177.
- Review of the Cambridge Medics Revue at the 2002 Edinburgh Fringe
- The Birmingham Medics Revue at the Edinburgh Festival 2008