チャールズ・タウンリーと古代彫刻コレクションの軌跡
18世紀のイギリスにおいて、古代美術への情熱を傾けた稀代の収集家がいました。チャールズ・タウンリー(1737–1805)は、莫大な富を持つカントリー・ジェントルマンであり、その審美眼によって集められた膨大な古代彫刻や美術品は、今日でも大英博物館の重要な至宝として親しまれています。
彼は人生において3回もの「グランドツアー(当時の貴族や知識人が教養を深めるために行ったヨーロッパ周遊旅行)」でイタリアを訪れ、彫刻、花瓶、コイン、古文書、そして巨匠たちの絵画を熱心に収集しました。特に「タウンリー・マーブル」として知られる大理石彫刻群は、当時の美術界に大きな影響を与えました。

主要な事実(Key Facts)
- 収集の規模: 大英博物館に収蔵されているタウンリー・コレクションは約300点に及び、ギリシャ・ローマ時代の彫刻や工芸品が含まれる。
- 代表作: ミロンの『ディスクボロス(円盤投げ)』のローマ時代コピーや、タウンリー・ヴィーナスなどが有名。
- 展示の先駆性: ロンドンの私邸に専用のギャラリーを設け、一般公開してガイド付きツアーを行うなど、現代の美術館に近い形態を実践していた。
- 学術的貢献: 王立協会フェロー(FRS)に選出され、大英博物館の評議員も務めた。
チャールズ・タウンリーの生涯と背景
タウンリーはランカシャーのタウンリー・ホールで生まれました。カトリック教徒の家庭に生まれたため、当時のイギリスでは公職への就任や国内大学への入学が制限されていました。そのため、彼はフランスのドゥエーにあるイギリス学院などで教育を受け、生物学者であり司祭でもあったジョン・ターバービル・ニーダムのもとで学びました。

1765年から始まったグランドツアーにより、彼はローマに拠点を置き、フィレンツェや南イタリア、シチリアを巡りました。ガヴィン・ハミルトンやトーマス・ジェンキンスといった著名な美術商とのネットワークを築き、最高品質の古代美術品を次々と入手しました。1772年にロンドンへ戻った後も、1780年まで断続的にイタリアを訪れ、コレクションを拡充し続けました。

私邸ギャラリーと「アンティーク様式」の空間
1778年、タウンリーはウェストミンスターのパーク・ストリート(現在のクイーン・アンズ・ゲート14番地)に、コレクションを展示するための専用邸宅を建設しました。建築家サミュエル・ワイアットが設計したこの家は、内部が「アンティーク様式」で統一されていました。
壁面はポンペイの壁画を彷彿とさせる赤や青で彩られ、イオニア式柱やニッチ(壁のくぼみ)、演劇のマスクなどが配されていました。1階のダイニングルームには『ディスクボロス』や『タウンリー・カリアティード』などの大型彫刻が対称的に配置され、視覚的な調和が図られていました。

彼は単に収集するだけでなく、訪問カードを配布して一般に公開し、作品の由来や修復歴を記したリーフレットを提供して案内するなど、教育的な視点を持っていました。

コレクションの精選と芸術的価値
タウンリーが収集した作品群は、単なる骨董品の集まりではなく、当時の古典主義的な美学を体現したものでした。特に彼が愛した「クリュティエの胸像」は、1780年の反カトリック暴動で避難する際にも手放さなかったほどのお気に入りであり、後にゲーテなどの著名人もそのキャストを所有しました。
また、ガヴィン・ハミルトンがオスティアで発見し、密かに運び出された「タウンリー・ヴィーナス」や、モンテ・カニョーロで発掘された「タウンリー・花瓶」など、入手経路にドラマを持つ作品も多く含まれています。


コレクションの主要作品一覧
| 作品名 | 特徴・詳細 |
|---|---|
| ディスクボロス | ミロンの原作に基づくローマ時代のコピー。ハドリアヌス別荘で発見。 |
| クリュティエの胸像 | タウンリーが最も愛した作品。後に多くの複製が作られた。 |
| タウンリー・ヴィーナス | オスティアで発見され、断片的な状態で運ばれた彫刻。 |
| カニバル(骨遊びをする少年たち) | ポリュクレイトスの作とされた、少年二人が競い合う彫刻。 |
| タウンリー・花瓶 | アントニヌス・ピウスの別荘から出土した貴重な花瓶。 |
| 靴職人クサンティポスの墓碑 | アテネ産のギリシャ美術作品(紀元前430-420年頃)。 |
大英博物館への継承
1805年にタウンリーが没した後、コレクションの行方は一時的に不透明となりました。遺言では大英博物館への寄贈が記されていましたが、直前の変更で親族による管理が条件となっていました。しかし、博物館側がその価値を高く評価し、議会の助成金を得て20,000ポンドで買い取ったことで、コレクションは公的な財産となりました。
1808年には専用の「タウンリー・ギャラリー」が開設され、その後、博物館の移転に伴い展示場所は変遷しましたが、1984年には再び作品を集約した「タウンリー・ルーム」が設けられました。現在、これらの作品はギリシャ・ローマ彫刻セクションで、世界中の人々に見られています。
Frequently Asked Questions
タウンリー・マーブルとは何ですか?
チャールズ・タウンリーがイタリアでのグランドツアーを通じて収集した、古代ギリシャ・ローマ時代の最高級の大理石彫刻コレクションのことです。現在は大英博物館に収蔵されています。
なぜ彼はイギリス国内の大学に通えなかったのですか?
当時のイギリスでは、カトリック教徒に対する法的制限(テスト法など)があり、公職への就任や国内大学での教育を受けることが禁じられていたためです。
タウンリーのコレクションはどのようにして一般に公開されていましたか?
彼はロンドンの私邸に専用の展示空間を作り、訪問カードを配布して一般客を招き入れました。自らガイドを務め、作品の詳細を記したリーフレットを配布していました。
コレクションの中で特に価値が高いとされる作品は?
ミロンの『ディスクボロス』のコピーや『タウンリー・ヴィーナス』などが挙げられます。また、彼が個人的に深く愛した『クリュティエの胸像』も美術史的に重要な意味を持っています。
大英博物館への移管はスムーズに行われましたか?
当初は遺言の内容変更により親族が管理することになっていましたが、大英博物館がその重要性を訴え、議会からの資金援助を受けて買い取ったことで、最終的に博物館に収蔵されました。
📸 フォトギャラリー






