夜空を眺めているとき、ある天体が別の天体の後ろに隠れて見えなくなることがあります。天文学ではこのような現象を掩蔽(えんぺい)と呼びます。これは単に視界が遮られる現象を指しますが、観測者から見て手前にある天体が、遠くにある天体を完全に覆い隠すことで起こります。
似た現象に「トランジット(通過)」がありますが、これは手前の天体が遠くの天体を完全には隠さず、その前を横切る状態を指します。また、天体が影を落とす場合は「食(Eclipse)」と呼ばれます。これらの現象は総称して「遮蔽(Occlusion)」とも表現されます。
Key Facts
- 掩蔽の定義:手前の天体が背後の天体を完全に遮る現象。
- 月掩蔽の速さ:月が星を隠す際、星の消失・出現は0.1秒以下という極めて短時間で起こる。
- 科学的利用:掩蔽のタイミングを精密に測定することで、月の地形や星の直径、小惑星の形状を特定できる。
- 希少な現象:惑星同士が互いに隠し合う「相互掩蔽」は極めて稀であり、数千年に一度しか起こらない組み合わせもある。
- 人工的な応用:恒星の光を遮って惑星を観測するための「スターシェード」という人工掩蔽装置が提案されている。
月による掩蔽:最も身近な天文現象
天文学で「掩蔽」という言葉が最も頻繁に使われるのは、月が恒星の前を横切る月掩蔽の場合です。月は地球の周りを公転しているため、軌道上の星を定期的に隠します。月は大気がほとんどないため、星が月の縁(リム)に触れた瞬間、非常に鋭く消えたり現れたりします。
特に月の暗い側(リム)で起こる掩蔽は、眩しさがなくタイミングを正確に測定しやすいため、観測者に好まれます。また、月の縁が不規則であるため、星が断続的に見え隠れする「grazing(かすめる)掩蔽」というダイナミックな現象が起こることもあります。

月は黄道に対してわずかに傾いた軌道を持っているため、黄道緯度±6.6度の範囲にある星であれば掩蔽される可能性があります。レグルス、スピカ、アンタレスといった1等星や、プレアデス星団のような深宇宙天体がその対象となります。

月掩蔽がもたらす科学的成果
アマチュア天文家による0.1秒単位の精密なタイミング測定は、多くの科学的発見に寄与しています。例えば、月の地形(トポグラフィー)の精緻化や、視覚的・分光的な連星の発見に役立てられています。また、電波天文学の初期には、月掩蔽を利用して電波源の正確な位置を特定し、クエーサーの宇宙論的な性質を解明する重要な手がかりとなりました。
さらに、月が惑星を隠すこともあります。惑星は星と違って見かけの大きさが大きいため、地球上の狭い範囲で「部分的な掩蔽」が観測されます。この仕組みの究極の形が日食であり、月が太陽を掩蔽することで起こります。


惑星や小天体による掩蔽
月以外にも、惑星や小惑星が星を隠すことがあります。惑星による明るい星の掩蔽は非常に稀です。例えば、金星がレグルスを掩蔽したのは1959年で、次は2044年になると予測されています。また、1977年には天王星が星を掩蔽した際に、その光の変化から天王星の環が初めて発見されました。
また、準惑星などの遠方天体による掩蔽は、その天体の大きさを測定する貴重な手段です。エリスの直径が冥王星と同程度であることが判明したり、ハウメアの環が特定されたりしたのは、こうした掩蔽観測の結果です。2017年にはカイパーベルト天体「アロコト」による掩蔽が、世界的な協力体制のもとで初めて検出されました。
惑星同士の相互掩蔽
さらに稀なのが、惑星が別の惑星を隠す「相互惑星掩蔽」です。金星と木星の相互掩蔽は1818年に起こり、次は2065年に予定されています。一方で、木星が土星を隠す現象は極めて稀で、次回の発生は西暦7541年になるとされており、天文学的に最も珍しいイベントの一つです。

小惑星の形状特定
小惑星による掩蔽は、その天体の断面形状を割り出すのに有効です。複数の地点で同時に観測し、星が消えていた時間を記録することで、宇宙機で直接訪問しなくても正確なサイズや形を導き出せます。例えば、小惑星パラスの形状は、1983年の掩蔽観測によって宇宙機による訪問の8年も前にほぼ特定されていました。
| 天体名 | 観測コード数 | 測定プロファイル (km) |
|---|---|---|
| 704 Interamnia | 35 | 350 × 304 |
| 39 Laetitia | 約16 | 219 × 142 |
| 94 Aurora | 9 | 225 × 173 |
| 375 Ursula | 6 | 216 ± 10 |
| 444 Gyptis | 6 | 179 × 150 |
| 48 Doris | 4 | 278 × 142 |
人工的な掩蔽の試み
自然現象だけでなく、科学的な目的で意図的に光を遮る「人工掩蔽」の計画も存在します。その代表例がBOSS(Big Occulting Steerable Satellite)や、その後継案であるスターシェード(Starshade)です。
これは、巨大な遮光板を持つ衛星を望遠鏡の視線上に配置し、遠くの恒星からの強い光だけをピンポイントで遮る仕組みです。これにより、恒星の眩しさに隠れて見えない周囲の惑星を直接観測することが可能になります。スターシェードはひまわりのような形状をしており、99.998%以上の星光を遮断することを目指しています。
Frequently Asked Questions
掩蔽と食(Eclipse)の違いは何ですか?
掩蔽は、手前の天体が背後の天体を完全に隠す現象を指します。一方、「食」は天体が別の天体の影に入ること、あるいは天体が別の天体に影を落とすことで起こる現象を指します。例えば、日食は月が太陽を掩蔽し、地球に影を落とす現象です。
なぜ月掩蔽のタイミングを測ることに価値があるのですか?
月は大気を持たず、縁が非常に鋭いため、星が消える瞬間を極めて正確に記録できます。このタイミングを分析することで、月の表面の凹凸(地形)をミリ秒単位の精度で解析したり、遠くの星の正確な直径を測定したりすることが可能です。
惑星同士が互いに隠し合うことはありますか?
はい、ありますが非常に稀です。これを相互惑星掩蔽と呼びます。金星と木星のように数世紀に一度起こる組み合わせもあれば、木星と土星のように数千年単位の周期でしか起こらない極めて希少なケースもあります。
小惑星の掩蔽観測で何が分かりますか?
小惑星が星を隠した時間を複数の地点で測定することで、その小惑星の正確な直径や断面形状を割り出すことができます。これは、直接探査機を飛ばさなくても天体の物理的なサイズを特定できる非常に効率的な手法です。
スターシェードとはどのような仕組みですか?
宇宙望遠鏡から数万キロメートル離れた位置に、特殊な形状の巨大な遮光板(衛星)を配置する計画です。恒星の光だけを正確に遮ることで、そのすぐそばにある暗い惑星の光だけを望遠鏡で捉えることができるようになります。
References
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