20世紀前半のノルウェーにおいて、学術界と政治の世界の両方で足跡を残した人物がアントン・ヴィルヘルム・ブロッガー(1884年-1951年)です。彼は考古学者として北欧の先史時代研究を深化させただけでなく、文化財の保護や政治活動、そして第二次世界大戦中の困難な時代における抵抗など、多才かつ情熱的な人生を歩みました。
地質学教授であった父ヴァルデマール・クリストファー・ブロッガーの影響を受け、幼少期から知的な環境で育った彼は、形式的な学歴に縛られない独自の探究心を持って研究の世界へと飛び込みました。

Key Facts
- 専門分野: ノルウェーの先史時代および中世史、特に石器時代とバイキング時代の研究。
- 主要な功績: バイキング船博物館の設立に尽力し、ノルウェー初の旧石器時代貝塚に関する報告書を執筆。
- 政治活動: 自由左派党(Liberal Left Party)の党首代行を務め、国会議員の補欠代表としても活動。
- 戦時中の抵抗: ナチス占領下のノルウェーで文化財を密かに避難させ、自身も強制収容所に拘束された。
- 栄誉: 聖オラフ勲章の受章、ノルウェー科学アカデミー会員への選出。
考古学への情熱と学術的キャリア
ブロッガーの学術的な旅は、正規の大学課程を完結させる前から始まっていました。1905年にはノルウェー地質調査所から論文を発表し、その後スタヴァンゲル近郊のスヴァルトホラでの調査に従事。ノルウェーで初めて発見された旧石器時代の貝塚(kitchen midden)に関する報告書をまとめ、注目を集めました。
1909年には、ノルウェーの北極圏における石器時代をテーマにした博士論文を完成させ、博士号(Dr.philos.)を取得しています。その後、スタヴァンゲル博物館のキュレーターとして勤務し、地域の歴史研究や文化財保存活動に尽力しました。
大学教授としての飛躍と博物館設立
1913年に王立フレデリック大学の古物コレクション(Universitetets Oldsaksamling)に採用されたブロッガーは、わずか2年後の1915年には教授および館長に就任しました。彼の活動は単なる研究に留まらず、現在のバイキング船博物館の設立を強力に推進するなど、文化遺産の展示と保存の仕組み作りにも大きく貢献しました。
また、考古学的知見を法典(グーラティングおよびフロスタティングの法)と結びつけた著作『Ertog og øre』(1921年)は、彼の学際的なアプローチを示す重要な業績とされています。
政治活動と社会への関わり
父と同様に政治への関心も強く、自由左派党で頭角を現しました。1929年に中央委員会の補欠委員となり、翌1930年には副党首へ昇進。その後、党首の不在に伴い1931年まで党首代行を務めるなど、党の指導的役割を担いました。
政治の世界では、オスロ選挙区の国会補欠代表として財政委員会に参加したほか、女性の権利を擁護するノルウェー女性権利協会にも所属するなど、社会的な公正さと進歩を追求する姿勢を持っていました。
戦時下の危機と抵抗
第二次世界大戦が勃発すると、ブロッガーは文化財の保護という極めて重要な任務に当たりました。1938年に設立された文化戦時準備委員会の一員として、大学の貴重なコレクションをナチスの手から守るため、秘密裏にファゲルネスの銀行金庫へ避難させる救出作戦を主導しました。
しかし、彼の信念はナチス政権の監視を招きました。国立劇場の理事を務めていた際、ナチスの指示に従わなかったことで逮捕され、その後1941年9月には再び拘束。グリニ強制収容所に収容されるという過酷な体験をしました。この時の拘禁生活が、後の健康悪化に大きな影響を与えたと言われています。
晩年と遺産
終戦後、教授職に復帰したものの、心身の疲弊により1949年に退職しました。没年前年の1950年には、共同執筆によるバイキング船に関する重要な著作『Vikingeskipene. Deres forgjengere og etterfølgere』を出版し、生涯を通じての研究を締めくくりました。
| 期間/年 | 主な役割・出来事 | 分野 |
|---|---|---|
| 1909年 | 博士号取得(ノルウェーの北極圏石器時代研究) | 学術 |
| 1915年 | 王立フレデリック大学教授・古物コレクション館長就任 | 学術 |
| 1918年-1934年 | ノルウェー博物館連盟(前身組織)会長 | 文化財管理 |
| 1930年-1931年 | 自由左派党 党首代行 | 政治 |
| 1941年-1942年 | ナチスによる拘束およびグリニ強制収容所への収容 | 戦時抵抗 |
| 1951年 | 死去(スタヴァンゲル市に彼の名を冠した通りが存在) | - |
Frequently Asked Questions
ブロッガーはどのような考古学的貢献をしましたか?
ノルウェー初の旧石器時代貝塚の報告や、北極圏の石器時代に関する研究で知られています。また、バイキング船博物館の設立に尽力し、考古学的発見を法的な古文書と照らし合わせて分析する手法を確立しました。
政治的にはどのような立場でしたか?
自由左派党(Liberal Left Party)に所属し、党首代行や国会の補欠代表を務めました。また、女性の権利擁護団体にも参加するなど、リベラルな社会活動に従事していました。
第二次世界大戦中、彼はどのような行動を取りましたか?
文化財をナチスの略奪から守るため、大学の貴重なコレクションを秘密裏に避難させました。また、国立劇場の理事としてナチスの不当な指示に抵抗したため、逮捕され強制収容所に送られました。
彼の家族についても分かっていますか?
地質学教授の父ヴァルデマールと母アントニーの間に生まれました。1909年にインゲル・ウルシンと結婚し、2人の息子をもうけています。息子たちもまた、戦時中にグリニ強制収容所に収容されるという困難を経験しています。
彼が残した最後の重要な著作は何ですか?
1950年にハーコン・シェテリグと共同で執筆した『Vikingeskipene. Deres forgjengere og etterfølgere』(バイキング船:その前身と後継者)です。
References
- Solberg, Bergljot. "Anton Wilhelm Brøgger". In (ed.). (in Norwegian). Oslo: Kunnskapsforlaget. Retrieved 20 November 2009.
- Henriksen, Petter, ed. (2007). "Brøgger". (in Norwegian). Oslo: Kunnskapsforlaget. Retrieved 21 November 2009.
- Hammer, K.V. (1916). "Brøgger, Anton Wilhelm". In Chr. Blangstrup (ed.). (in Danish). Vol. IV (2 ed.). Copenhagen: J.H. Schultz. p. 178. Retrieved 1 December 2009.
- "Anton Wilhelm Brøgger" (in Norwegian). Norwegian Social Science Data Services (NSD). Archived from the original on May 16, 2012. Retrieved 21 November 2009.
- Henriksen, Petter, ed. (2007). "Norges Museumsforbund". (in Norwegian). Oslo: Kunnskapsforlaget. Retrieved 27 March 2009.
- Brøgger, A.W. (1924). "Norge. Forhistorie". In Chr. Blangstrup (ed.). Salmonsens Konversationsleksikon (in Danish). Vol. XVIII (2 ed.). Copenhagen: J.H. Schultz. pp. 164–173. Retrieved 1 December 2009.
- Resi, Heid Gjøstein (2005). "Brøgger, Anton Wilhelm". Norsk arkeologisk leksikon (in Norwegian). Oslo: Pax. pp. 62–63. .
- "Waldemar Christofer Brøgger" (in Norwegian). Norwegian Social Science Data Services (NSD). Archived from the original on May 16, 2012. Retrieved 21 November 2009.
- Carstens, Svein (1987). Det Frisinnede Venstre 1909–1927 (in Norwegian). Trondheim: University of Trondheim.
- "Norges Offisielle Statistikk. VIII. 157. Stortingsvalget 1930" (PDF) (in Norwegian). .