1980年代の米国において、人種差別的な思想に基づいた政治活動を展開した団体にホワイト・パトリオット党(WPP)があります。この組織は、単なる政治政党ではなく、準軍事的な性格を持つ極右団体であり、白人至上主義や反ユダヤ主義を掲げて活動していました。
主要な事実(Key Facts)
- 創設者:フレイザー・グレン・ミラー・ジュニア
- 活動期間:1980年〜1987年(組織形態を変えながら活動)
- 核心的な思想:ホワイトナショナリズム、クリスチャン・アイデンティティ(白人が神に選ばれた民であるとする宗教的信念)
- 政治的立場:極右、反シオニズム、ホモフォビア(同性愛嫌悪)
- 最大規模:推定で約3,000人の会員を擁したとされる
組織の変遷と背景
ホワイト・パトリオット党は、突如として現れた組織ではなく、複数の形態を経て発展しました。そのルーツは1970年代半ばに設立された「カロライナ・ナイツ・オブ・ザ・クー・クラックス・クラン(KKK)」にあります。その後、1980年代初頭に「コンフェデレート・ナイツ・オブ・ザ・クー・クラックス・クラン」へと名称を変更し、1985年に最終的に「ホワイト・パトリオット党」として再編されました。
この団体は、KKKやクリスチャン・アイデンティティ運動と深く結びついており、暴力的な傾向を持つ準軍事組織としての側面を持っていました。
社会的不満の利用と過激化
当時、ノースカロライナ州では農業経済の低迷により、多くの人々が困窮していました。WPPはこの経済的な不満を巧みに利用し、「ユダヤ系銀行家が経済問題を引き起こしている」という陰謀論を広めることで支持を拡大しました。
組織の過激さは、1979年に発生した「グリーンズボロ虐殺」という悲劇的な事件にも現れています。KKKやナチス支持者と、共産主義者との間で衝突が起き、銃撃戦に発展した結果、5人が死亡し12人が負傷しました。
さらに1987年4月6日には、彼らが「シオニスト占領政府(ZOG)」と呼ぶ連邦政府に対し、正式に宣戦布告するという極端な行動に出ています。
組織の崩壊と終焉
WPPの崩壊は、リーダーであるフレイザー・グレン・ミラー・ジュニアの法的問題によってもたらされました。ミラーは準軍事活動を禁止する差し止め命令に違反し、さらに民権活動家のモリス・ディーズを脅迫した罪で有罪判決を受け、1987年から1990年まで投獄されました。
また、1988年にアーカンソー州で行われた扇動罪の裁判において、ミラーは検察側の証人として出廷しました。そこで彼は、白人至上主義組織「ジ・オーダー」から盗まれた資金20万ドルを受け取り、それをWPPの活動資金に充てていたことを証言しました。
団体概要まとめ
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 正式名称 | White Patriot Party (WPP) |
| 指導者 | フレイザー・グレン・ミラー・ジュニア |
| 主要イデオロギー | 白人至上主義、反ユダヤ主義、クリスチャン・アイデンティティ |
| 活動拠点 | 米国(主にノースカロライナ州) |
| 解散年 | 1987年 |
よくある質問(FAQ)
ホワイト・パトリオット党とはどのような組織でしたか?
白人至上主義、反ユダヤ主義、ホモフォビアを掲げた米国の極右準軍事政治団体です。KKKやクリスチャン・アイデンティティ運動と密接に関係していました。
なぜノースカロライナ州で支持を集めたのですか?
当時の農業経済の不振による住民の不満を背景に、経済的な困難の原因をユダヤ系銀行家のせいにするという主張を展開し、支持者を獲得しました。
「ZOG」とは何を指していますか?
「Zionist Occupation Government(シオニスト占領政府)」の略称で、政府がユダヤ勢力によって支配されていると信じる陰謀論的な呼称です。
組織が崩壊した直接的な原因は何ですか?
リーダーのフレイザー・グレン・ミラー・ジュニアが、準軍事活動の禁止命令違反や民権活動家への脅迫で有罪となり、投獄されたことが決定打となりました。
活動資金はどのように調達されていましたか?
ミラーの証言によれば、白人至上主義組織「ジ・オーダー」から盗まれた20万ドルという多額の資金が活動に利用されていました。